●この子、かけ算はわかってるよ

勉強をする子供
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九九を教えているときもそうだった。
「かけ算が嫌いだと言って、やりたがらないんです。家でも勉強を見てあげてもらえますか」
と担任の先生に呼び出されたくらい、彼は九九が言えなかった。

これまた実家に帰省したとき、元数学教師の母が根気強く九九を暗記させようとしてくれるのだが、何日たっても覚えられない。最後には癇癪をおこす息子を見て
「私、これまでの教師生活で、ここまで九九が覚えられなかった子、初めて。ひょっとしたら数字に対する認識に障害みたいなものがあるのかもしれない」
と、母は言った。

「そっかー。じゃあ、今度専門のところに相談してみようかな。東京戻ったら、考えてみる」
と、私は答えた。

そんな私たちの様子を何日か見ていた父は、ある日、
「息子氏、じいじとかけ算やってみようか?」
と、声をかけた。そして、
「にいちが?」
と、問いかける。彼は、
「2」
と答える。
「ににんが?」
と聞くと、
「4」
と答える。

驚いたことに、彼は、そのまますらすらと2の段を答えていった。3の段も4の段も同じだった。父は、私を振り返って言った。
「この子、かけ算はわかってるよ。九九が言えないだけで」

どうやら息子氏は、「ににんが」とか、「しろく」と言った特殊な言い回しが覚えられないだけで、「2×2=4」「4×6=24」は、理解していたようなのだ。母と私は、びっくりして顔を見合わせるだけだった。じいじに認められたのが嬉しかったのか、彼はその日から少しずつ九九の暗唱に前向きになっていった。

父は、教育者ではあったけれど、私の子育てにはまったくといっていいほど口を出さなかった。ただ、「待てる親になりなさい」という言葉は、何度か言われた。「親にとって、いちばん大事なことは、待つことなんだよ」と。

お盆の頃、ふいに思い出した父の言葉の話でした。
「生まれ変わっても、また、教員になりたい」と言って死んでいった父でした。

(『ママはキミと一緒にオトナになる』より抜粋)

ほかにも『ママはキミと一緒にオトナになる』では、コロナ禍での学校生活、著者の離婚、働く母の葛藤、口げんかと家出など、母と息子2人で暮らす中で感じたことがリアルに綴られています。

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