●もとは転売を憎んでいた

そんな聡子さんですが、意外なことに、以前は「転売ヤーは死ね」と匿名のツイッターに投稿することもあるほど憎んでいたといいます。

「とあるアイドルグループのファンだったんですが、人気すぎて、ファンクラブ会員でもチケットが入手できませんでした。でもネットでは10倍くらいの値段で取引されていて…。私のお小遣いでは無理だと諦めて、ファンを辞めた過去があるんです」

しかし、今は聡子さん自身が、転売屋として糾弾される側。「マスク転売をしていて心が痛みませんか?」と尋ねると、しばらく考えてから答えてくれました。
「確かにいいことではないですね…。でも、朝並ぶだけで、普通のパートの時給以上は稼げてしまいますので、今はまだやめるつもりはないです」

そう言いつつも、日常生活が、転売活動に侵食されている側面も。

「仕入れに子どもを連れていったとき、マスクがちょうど補充されたあとだったので、私と娘で1つずつレジに持っていったんです。そしたら店員から『すみません、お子さんはちょっと…』と断られて、頭に血がのぼって『子どもも1人の人間です!』と声を荒げてしまったんです。帰宅した際、夫に愚痴としてこぼしたら、『2度とそんなことに子どもを巻き込むな』と叱られました。今は、週末の仕入れには休みの夫が嫌々ながらついてきてくれますが、子どもを連れていくのは禁止です」

●転売という禁断の味を覚えて

さらに、ママ友とのお茶会で待ち合わせする際も、少し早く行って、近くのドラッグストアやスーパーに在庫がないか見に行ったり、店員に入荷情報を聞いたりしてしまうといいます。

「買い物をしていても『これ、転売できるかな?』と気になって、フリマアプリで相場を調べてしまうクセがついてしまいました。気軽に買い物を楽しむことができなくなっていると思います」

家計に困っているわけではなく、本人は「転売は今だけ。自分はあくまで普通の主婦」という認識のようだった聡子さん。しかし取材中も度々「仕入れ」「商機」という言葉を口にするなど、すでに転売の“沼”に落ちているように、取材者の目には映りました。

3月10日、政府は小売店で購入したマスクを取得価格より高値で転売する行為を禁じる、国民生活安定緊急措置法の政令改正を決定しました。違反者には1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科すとされています。
聡子さんの転売行動は、法律的にも許されず、犯罪となります。彼女は今、何を思うのでしょうか。

<撮影・取材・文/中野一気>