●カニを食べながらした夫婦の会話。子どもの頃を思い出す
日本酒を飲みながら、夫に実家の話をする。
「私が大学から帰ってくるときに合わせて、おじいちゃんが毎年必ずカニを買ってくれとってね。北海道の大きなタラバガニ。それで必ず年末は水炊きにするんよね。私が食べとると、おじいちゃん、わしはいらんから久美子が食べなさいって、足を私の器に入れてたなあ」
「へー、おじいちゃん嬉しかったんだろうなあ、久美子が帰ってくるのが」
「そうやなあ。12月にカニ食べるとそれをすごい思い出す」
7人で食べたら、大きなカニでも足が1つか2つしかあたらない。それを、こんなに大人食べして。少し、あの頃の私に申しわけない気持ちになる。
たらふく食べた後のカニの殻を見て夫が言った。
「この殻でカニ飯できないのかな?」
ふふふ。大人になっても同じことを考える人がいるもんだ。私は夫にまた子どもの頃の話をした。小学生の私も、夫と同じように殻をご飯の中に入れて炊いたらきっとカニ飯になるだろうと思ったのだ。
●味わいつくしたカニの足で母と実験。2人で笑った日
私は昔から食に貪欲であった。1人、また1人と、ごちそうさまをして静かになった食卓で、カニの足のさきっぽの最後の最後まで粘った。台所には翌朝のご飯の支度をしている母の後ろ姿。
ようやく食べ終わって、カニ飯のアイデアを母に相談すると「おもしろいこと考えたねえ。ほんならやってみようか」と言って、土鍋にカニの殻をどっさり入れてご飯を炊いたのだった。なんという発明だろうかとワクワクしながら待った。
炊きあがったご飯を食べてみる…あれ? おかしい。もうひと口、今度はもっと殻に近いところを。カルシウムの味がした。カニの味ではなくて殻の味だった。こっそり行われた台所の2人の実験は失敗であった。
翌日、みんなでカルシウム味のご飯を食べて笑った。インターネットのない時代、こうして私は実験をしながら育ってきたように思う。おもしろがっていつも乗ってきてくれた母のお陰であることは言うまでもない。
さて、シメのみそ汁である。
すべての画像を見る(全3枚)ぶつ切りにしたカニを殻ごと生のままですり鉢で潰し、それを水で溶いてから沸かすと、ふわふわと内子が溶き卵みたいに浮かんでくる。そこにみそを溶かし、ネギを刻めばできあがり。甘みがあって、濃厚さがみそとよくマッチして最高のお汁だった。師走、忙殺されていた二人の至福の夜食であった。さあ今年ももうひと踏ん張り、がんばろう!
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集
「いっぴき」(ちくま文庫)、絵本
「赤い金魚と赤いとうがらし」(ミルブックス)など。翻訳絵本
「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。新刊の詩画集
「今夜 凶暴だから わたし」(ちいさいミシマ社)が発売予定。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。サイン入り詩画集の予約やトークイベントなどの情報は公式HP:
んふふのふ