●婚姻費用と養育費は司法の力を借りれば払ってもらえる
すべての画像を見る(全4枚)離婚問題に詳しい弁護士の関口郷思さんは、Aさんのケースを見て、こう分析します。
「DVの中身にもよりますが、中でもAさんの夫のような精神的DV(モラハラ)や経済的DVの加害者は、婚姻費用や養育費を払い渋る傾向があるように思います。ただし、Aさんのように、家庭裁判所に調停を申し立てるか、弁護士に依頼して協議を行えば、支払ってもらえる可能性がグンと高まります」
関口さん曰く、養育費や婚姻費用の取り決め方法は主に4つ。
(1) 当事者同士で取り決め、その条件を記載し署名と押印をした「合意書」をつくる
(2) 当事者双方が公証役場に行き、「公正証書」をつくる
(3) 裁判所に調停を起こして、調停の合意として「調停調書」をつくる
(4) 裁判を起こし、「審判・判決」を取る
「いずれも法的効力はありますが、中でも(2)(3)(4)は、支払われなかった際にただちに給与や預金などを差し押さえる『強制執行』ができます。裁判所に申し立てれば、早くて1~2週間で差し押さえてくれます。ただし、もし婚姻費用を請求する『婚姻費用分担請求調停』を起こすなら、1日も早く申し立てること。なぜなら、養育費も婚姻費用も、支払ってもらえるのは、『請求を申し立てた日の月』からとされる場合が多いからです。たとえば、別居して1年後に婚姻費用を請求しても、過去にさかのぼって別居した日の月からの分の請求は認められないことが多いのです」
なお、DV被害者が避難のための別居生活を始めた場合、役所と相談のうえ、「DV等支援措置」を受けられるケースが多い。この支援を受けると、住所を夫に調べられないよう住民票を変更しないまま、認可保育所の入園申し込みなどの諸手続きを行うことが可能になります。ほかにもDV被害者を守る制度は多く、裁判所に調停を申し立てる際も、住所を秘匿扱いにしたまま進めることもできます。
●養育費を払わない夫は全体で8割も。でも、請求する権利はある
「別居した人は婚姻費用を、離婚した人は養育費を請求するのは必須です。話し合いが成立しないなら、調停を起こすなりして司法の現場にのせることをおすすめします」
こう話すのは、困窮するシングルマザーからの相談を受けているNPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典さん。
平成28年度の厚生労働省の調査によれば、現在、母子家庭で夫から養育費を受給し続けているのは、取り決めの有無にかかわらず、全体の2割程度。さらに、母子世帯で養育費の取り決めをしたのは全体の約43%で、半数以上が取り決めをしていませんでした。その理由として、「相手に養育費を請求できることを知らなかった」「相手と関わりたくない」「子どもを引き取った方が養育費を負担するものと思っていた」と答えた人も少数ながら存在しました。
「母子家庭で貧困に陥っている方は、情報不足ゆえに、勝手に『もらえない』と思いこんでいるケースが多い。だからこそ知ってほしい。調停を起こすなり弁護士に依頼するなりすれば、相手と一切連絡を取ることなく、住所も秘匿にしたまま養育費を請求できます。弁護士に相談する費用がなくても、『法テラス』という制度を使えば相場より格安で依頼できますし、自治体の無料法律相談を活用する方法もあります。社会に頼ることが恥ずかしいと思っている方も多いですが、全然恥ずかしいことではない。当然の権利なんです」
憲法25条1項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と記載されています。権利行使は、なんら恥ずかしいことではありません。まだ婚姻費用や養育費を請求できていない人は、算定表が改定するこの機会に、弁護士に相談するなり、養育費請求の調停を検討してみましょう。
●話を聞いた人
【関口郷思(さとし)さん】
弁護士。関口法律事務所所長。離婚、相続、交通事故といった個人のトラブルから、契約、労務関係といった中小企業のトラブルまで幅広く扱う。不動産、建築の専門的なトラブルにも対応。
【藤田孝典さん】
NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(2012年度)。ソーシャルワーカーとして現場で活動する一方、生活保護や生活困窮者支援のあり方に関する提言を行う。著書に
『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版)、
『下流老人』『続・下流老人』(ともに朝日新聞出版)、新刊
『中高年ひきこもり―社会問題を背負わされた人たち―』(扶桑社刊)も発売中