かつて、六甲の山並みを背にした神戸市御影町に、一級建築士事務所YURI DESIGNを主宰する建築家・前田由利さんの祖母の家がありました。当時は御影石の石積みの上に生け垣があり、奥に平屋が建っていたそうです。1995年の阪神大震災で祖母宅は全壊し、のどかだった町並みも一変しました。震災後の町並みは、強度が取り柄の無味乾燥な家ばかりが増えたと前田さん。そんなときに前田さんは、「壊れたら処理に困るがれきになるのではなく、土に返る家をつくりたい」と、祖母宅の跡地に自然素材の家をつくりました。しかもその家の屋根には草が生えているのです。前田さんは建物の屋根を緑化する設計手法を手掛ける「草屋根建築家」なのです。
すべての画像を見る(全14枚)光が差し込む2階には、自然素材に緑が映えるLDK
建物は地上3階建て地下1階の自宅兼事務所。光がふんだんに差し込む2階にLDKを配置しました。そこには光と風、木や土壁の質感が心地よいリラックスした雰囲気のリビングが広がります。
バルコニーを介してリビングに届けられる光と風。この空間はまるで空中小公園のようで、鉢植えのウンベラータもすくすく育っています。
「いつも開けっぱなしなので、植物も呼吸しやすいのかしら」と前田さん。
リビングには使い慣れたソファやお気に入りのデンマーク製ヴィンテージ家具を合わせました。
リビング横のキッチンには、開放的なトップライトが設けられた明るい空間。キッチンカウンターは大理石で仕上げました。シンク手前のオリーブのキッチンボードは、洗いカゴの目隠しも兼ねています。
1階にプライベートスペースを配置
1階は寝室と浴室のあるプライベートゾーン。寝室の一隅には夫の仕事スペースを設けました。
室内窓に障子を使ったことで「和」の品格と落ち着きを感じる寝室。そこにベッドを置き「洋」の使い勝手の良さを加えた、和洋が共存する寝室になりました。
「現代では和食も食べるし、洋食も食べる。暮らし方もミックスカルチャーなんですよ」。
ダブルシンクと大きな鏡のある洗面室。檜の間伐材を横貼りにした壁がログハウスのようです。
とても築19年とは思えない浴室。壁も上部は檜で、下部はタイルで仕上げています。プラスチック製は嫌いなので、浴槽はホーローにしたそうです。
陰影が美しい階段で空間を分けて
玄関ホールには2階へ続く直階段。漆喰を混ぜた土壁、無垢板の階段、竹の手すり、格子でデザインしました。「本物の自然素材はシンプルでも存在感があるんです」と前田さん。
2階から3階へと続く折れ階段。木枠の丸窓から光が入り、階段と土壁にやさしい陰影をつけてくれます。
1階から地下へ下りる階段。階段を下りた先の事務所はコンクリート打ちっぱなしのハードな空間で、住居部分は雰囲気が一変。「仕事場と暮らしの場をフロアで完全に分けることで、気持ちの切り替えがしやすくなる」と前田さん。
地下室を掘るときは、大量の地下水が出て悪戦苦闘したそうですが、この家を建てた際の様々な経験が建築の仕事にも生きているといいます。
クラッシックバレエが趣味の由利さんは、地下をダンススタジオにも使うつもりで壁にミラーを設置しました。しかし仕事が充実した結果、今では完全に仕事場となってしまったとか。
スタッフはそれぞれ収納棚に囲まれたブースで集中して仕事に取り組み、打ち合わせ時はこちらの大テーブルでアイデアを出し合います。
自然素材に囲まれた地上の生活空間から、地下にある事務所への階段を下りると、建築家・前田由利のスイッチがオンに。
「震災の少し前、祖母が私に『女は仕事しなきゃね』と言ったの。明治生まれの人がですよ」と前田さん。祖母の想いは、確かな形で孫娘に受け継がれているようです。
設計/一級建築士事務所YURI DESIGN
取材/阿部ルミ子
撮影/キッチン ミノル
※情報は「住まいの設計2018年1-2月号」掲載時のものです。