東京・吉祥寺の大通りから少し入った場所、繁華街と住宅街との境目にオープンしたベーカリー「L'île aux pains(リールオパン)」。住まいの外壁からぽこっと突き出した円筒形が愛らしい、小さなお店です。自らパンを焼き、店番も務めるのは島岡令央奈さん。20年以上フランスで暮らした令央奈さんは、日常的に愛される「街のパン屋さん」を目指しています。

目次:

フランスで暮らした経験を生かす仕事を街の視線を遮り、道ゆく人の視線を北へ誘うプライバシーを守りつつ外とつながる感覚に

フランスで暮らした経験を生かす仕事を

パン屋さん
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朝9時半にお店が開くと、ご近所さんがひとり、またひとりと買い物に訪れ、棚に並ぶパンがどんどん減っていきます。聞けば、オープン間もないながらすでに毎日訪れる常連客も増えているそう。令央奈さんひとりで店番をしながら、合間にパンを仕込みます。
「朝4時半頃に起きて12~13時間立ちっぱなしですが、全然つらくはないです」

パン屋さん

幼少時から20年以上、フランスで暮らしていた令央奈さん。23歳のときに「日本で仕事をしてみたい」とフランスの企業の日本支社に就職しましたが、次第に「フランスで育った自分にしかできないことは何だろう」と感じるように。
フランスから日本に来た自分が恋しく思うものを考えるとパンとチーズだったことから、「パンなら自分でつくれるのでは」という思いに至りました。

パン屋さん

フランスには日本のコンビニくらいの割合で街に1軒は小さな個人商店があり、毎日食べられる定番のパンが売られているそう。そうした懐かしい味を再現したくて自分でつくってみるうち、「老若男女が毎日食べるようなパンを地域の人々に届けたい」と、ベーカリーを始める夢が膨らんでいきました。
同時に「フランスの街角に立つパン屋さんのように、お客さんが店員と会話を楽しめる店にしたい」との思いも。

パン屋さん

結婚し今の土地に新築の計画が持ち上がったとき、店舗スペースも併設することを決めました。「もう少し修行や準備をした方がいいのでは」と迷う気持ちもあったそうですが、設計を依頼したニコ設計室の西久保毅人さんが背中を押してくれたことも決め手に。
「西久保さんがつくる住宅は一角に店があってもおかしくないデザインで、設計が進むにつれ『ここで今お店をしなかったら、いつ、どこでするんだろう』という気持ちになりました。出産のため開店時期は少しずらしましたが、あまり遅らせると年齢やモチベーションの変化で勢いを逃してしまうから、やっちゃえ(笑)と」

街の視線を遮り、道ゆく人の視線を北へ誘う

敷地は西側が公園の美しい竹林に面している一方、すぐ南に駐車場があり、その南側はビルが建つ商業地域。北側は、低層の住宅が並ぶ住宅地が広がっています。

西久保さんは「南からの視線はカットする必要があるけれど、北の住宅地から見たとき要塞のようにならないよう、南は大きく北は縮め、駅から帰宅する人の視線も自然と低い北側に向かうように」と、台形状のプランを提案しました。

パン屋さん

こちらが通りから見た全景。
左手に商業地が迫り、右手には低層住宅地が続きます。
店舗の右手奥が住まいの玄関。

東側の道路に面して突き出すように設けた円筒型の愛らしい店舗は、焼き杉の板壁の住まいとコントラストを描く左官仕上げです。

プライバシーを守りつつ外とつながる感覚に

室内は竹林の借景や中庭の緑を取り入れ、各部屋をスキップフロアでおおらかにつなぐことで、繁華街と住宅地のはざまに建つ家の内部にグラデーションのような変化が楽しめる空間を生み出しました。

パン屋さん

ダイニングからは西の窓越しに公園の竹林を眺め、パンをこねられる人造大理石カウンターを造作したキッチン正面の窓からは、中庭の緑を眺めます。

パン屋さん

2階のダイニングから半階下がったリビング(写真左)は天井が高く、現した梁が伸びる開放的な雰囲気。公園に面したテラスと中庭に面した両側の開口部は全開でき、気持ちよく視線が抜けます。
住まいを象徴する曲面の左官壁の奥は、上がブリッジでつながる子ども室、下が書斎。ダイニング正面の壁は大谷石を用いてアクセントに(写真右)。
一方で、左手の壁は鮮やかなパープルにペイントしています。

玄関

広い玄関ホールにも曲面の左官壁。天井はレッドシダー羽目板張りで、外の軒天も同材を張って連続性を持たせています。

和室

客間として使う和室の壁は、和紙職人ハタノワタルさんが手掛けた3種類の和紙を貼って質感豊かに仕上げました。

キッチン

2階の洗面室のタイルは、1色では在庫が足りなかったため遊び心あふれる2色使いに(写真左)。2階の洗面室とトイレ、パントリーをつなぐスペース上部にはトップライトがあり、正面の格子戸も開放して風を通すことができます(写真右)。

奥様

今後は、「朝食のテーブルに乗るように、朝7時の開店を目指したい」と令央奈さん。「街のパン屋さん」として、子どもを持つ母親として、自分らしい働き方を探っています。

設計/ニコ設計室
撮影/伊藤美香子
※情報は「住まいの設計2018年5・6月号」取材時のものです