フランス育ちである建主の妻・島岡令央奈さんが“フランスの家庭で老若男女が毎日食べるようなパンを地域の人々に届けたい”という思いから2017年12月にオープンした街のパン屋さん。板張りの住まいの外壁からポコッと突き出した左官壁の円筒形の部分は、小麦粉を連想させ、パン屋さんらしさが溢れています。毎日開店と同時に自転車や徒歩で近所の人が続々と訪れている、住まいに併設したこの小さな愛らしいお店をご紹介しましょう。

目次:

「パンの島」が届けるフランスの家庭のパンパン屋を始める背中を押してくれた”建物の設計”外と連続した開放的な室内プライベート空間を豊かに快適な住まいのカギは”視線”

「パンの島」が届けるフランスの家庭のパン

吉祥寺のビルが林立する大通りからほんの30mほど入った、繁華街と住宅街の境目に建つこのお店の名前は「リールオパン」。フランス語で「パンの島」というそう。

島岡さんの家
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朝9時半の開店時間には、近所の住民がやってきて、棚に並んだパンは見る見るうちに減っていきます。

島岡さんの家
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ひとりで店番をしつつ、令央奈さんはすきまを縫って手を動かしては、次なるパンの仕込みにかかり、大忙し。

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「朝4時半頃起きて、12~13時間立ちっぱなしですが、全然つらくはないです」と令央奈さん。

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当初は朝にまとめて焼いていたパンも、午後に来たお客さんにも焼きたてを食べてもらいたくて、今は2度に分けて焼いているそう。

島岡さんの家
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結婚前の20年以上、フランスに住んでいた令央奈さん。
パン屋であれば日本にたくさんありますが、多種多様でなくても凝ったものでもなく、”毎日変わらぬ味の定番のパン”、この懐かしい味を再現し、食べてもらいたい、と自分でパンを作っているうちにだんだんとお店を持つ夢が膨らんでいったそう。「一度店に立つと大忙し、それでもフランスの街角にあるパン屋さんのように、お客さんとの会話を楽しむひとときを大切にしたい」と令央奈さんは語ります。

パン屋を始める背中を押してくれた”建物の設計”

建物の設計を依頼したのは、ニコ設計室の西久保毅人さん。テレビや雑誌でニコ設計室が手掛けた住宅を見てご主人が気に入り、令央奈さんも賛成する形に。

当初は、パン屋開業の前に修行や準備を……と迷いもあった奥様ですが、設計が進むにつれて、「ここで今お店をしなかったら、いつ、どこでするんだろう」という気持ちになったとか。ご主人だけでなく、西久保さんの設計が背中を押してくれたことも大きかったようです。

島岡さんの家
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実は、竣工後しばらく夫のバイクガレージとして使っていた場所を約1年後に手を加え、店舗としてオープンしたというから驚き!可愛らしいお店の看板は、もちろんニコ設計室のデザインのもの。

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住まいの玄関は店舗右手の奥。緑豊かなアプローチを抜けると、左手の店舗の外壁に、可愛らしい鳥や葉のレリーフが目につきます。
「規模が大きな建物には目が行く細かな要素があったほうが大味にならない」と西久保さん。このレリーフは、室内の左官壁にも同様にあしらっています。

外と連続した開放的な室内

円筒型の店舗、そして曲面の左官壁に目を引く島岡さんの家。室内は一体どうなっているのか気になりますよね?

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中2階のリビングからダイニングを見上げてみると、表しの構造材の梁が伸び、気持ちいいくらいの天井の高さと空間のスケールに感動してしまいます。反対に、2階のダイニングからリビングを見てみると、両側の開口部は全開でき、明るい陽射しがよく降り注ぎます。

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右は公園に面したテラス、左は中庭に通じ、写真中央の曲面壁は上階はブリッジでつながる子ども室、下はご主人の書斎に。曲面壁がなんだか隠れ家のようになっていてワクワクしてしまいますね。

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壁と天井の黄色い塗装はポーターズペイント、なんと夫婦で塗装をされたそう。ナチュラルな風合いが空間にやさしく溶け込みます。

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キッチンは正面の窓から中庭の緑が眺められる構造に。大きなオープンキッチンの背後の壁面にはガスオーブンをビルトインし、左奥にはパンをこねる作業台としても使える人造大理石のカウンターも造り付けています。キッチンに立つと正面の窓からは緑が眺められ、季節の移り変わりも楽しめ、ここでも外との連続が感じられます。

島岡さんの家
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プライベート空間を豊かに

リビング・ダイニング以外のスペースも、様々な”技”が。

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来客時に、お客さんとの話が楽しめそうな広い玄関ホール。天井はレッドシダー羽目板張りで、外の軒天も同材を張り、連続性を持たせています。左手の開口部は中庭、右手の障子は和室に通じます。

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客間として使う和室は、3種類の和紙を貼り、他の部屋とは雰囲気が一変!涼し気で美しい壁は和紙職人のハタノワタルさんが手掛けたものです。

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2階の洗面室とトイレ、パントリーをつなぐスペース。上部にトップライトがあり、正面の格子戸も開放して風を通すことができるという優れもの。

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洗面室から浴室を眺めるとカラフルなタイルの2色が目につきます。なんと1色だと在庫が不足していたために色違いをランダムに交ぜたんだとか。偶然がもたらす楽しさに感動してしまいます!

快適な住まいのカギは”視線”

結婚前、密集地に建つ集合住宅でひとり暮らしをしていて息苦しかったという令央奈さん。解放感が味わえる快適な住まいを手に入れるカギは、”視線”をうまく利用することでした。
島岡さん宅の敷地は裏手に竹林が美しい公園が接する点は魅力ですが、大通りが近く隣に駐車場があるなど、商業地と隣り合わせゆえの難点も否めません。
そこで西久保さんは街からの視線を遮ったうえで、竹林の借景や中庭の緑を取り入れ、各部屋をスキップフロアでつなぐことで、落差が大きい繁華街と住宅地のはざまに建つ家の内部に、グラデーションのような変化が楽しめる空間を生み出したのです。
また、プランが台形状になった理由は、道行く人の視線を南から北へといざなうため。北側は低層の小住宅が続く住宅地であるため、南からの視線はカットする必要があり。しかし、北側の住宅地から見たときに要塞のようにならないように「南は大きく、北は縮め」、駅から帰宅する人の視線も自然と低い北側へ向かうようにしているそう。

島岡さんの家

「お子さんと過ごす時間を増やしたいのでいずれは人を雇いたい」と令央奈さん。そして今後の目標は「みなさんの朝食に間に合わせたいから、7時から営業することです」とは驚き!

快適な住まいを手に入れるためには、間取り、部屋の広さ、設備のスペック……などその条件は様々。今回ご紹介した島岡さん宅は目に見えない”人の視線”が快適な住まいをつくるカギの1つになっています。
理想の住まいを実現するということは、”他”を通じなければ成り立たないもの。島岡さん宅は、そんな大切なことを気づかせてくれるお家でした。

【SHOP DATA】
L'ile aux pains
■住所 東京都武蔵野市吉祥寺東町1-17-6
https://www.instagram.com/lileauxpains/
https://m.facebook.com/lileauxpains/
2017年12月にオープン。1~23歳までフランスで育った島岡令央奈さんが、フランスの家庭で老若男女が毎日食べるようなパンを地域の人々に届けたいという思いから始めた。

設計/西久保毅人(ニコ設計室
撮影/伊藤美香子
※情報は「住まいの設計2018年5-6月号」掲載時のものです。