ペットの柴犬の写真をツイッターに投稿し続け、その自然体のかわいさが人気となっている

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。ESSEonlineでは、飼い主で写真家の北田瑞絵さんが、「犬」と家族の日々をつづっていきます。
第30回は、年末年始に起きたとある事件のことです。

母がいない3日間。犬は全身でさみしさを表現していた

2020年も残すところ二週間をきった頃だった。事件というのは前触れもなく突如として起きる。
仕事から帰ってきて玄関をあけると、平常ではない重々しい空気が家の内側に漂っていた。迎えにきてくれた犬は覇気がなく、家庭でただならないなにかが起きたのを肌感で察しているような佇まいであった。

足を進めて目に入ったのは、強張った面持ちの父、力なく笑った母の肩からかかった三角巾の白さ、元気がない犬…皆々が意気消沈としていた。

母がネーブルの収穫中に左の鎖骨を骨折して、数日後に手術となったのだ。さらにこれから八朔の収穫が始まろうとしていた。私も休みは手伝う予定であったが、収穫に力を入れるべく職場に理由を伝えて“収穫休暇”を取った。

緑の風景
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黄色い果実

犬は自分のペースをもっていて、それを崩したがらないところがある。だがしかし、家庭内の雰囲気を敏感に察知し、応じて気持ちが左右されてしまうような繊細な一面もあるのだなと驚いた。

犬がマイペースを崩さないでいられるうちは私も平穏な生活を送れているということだ。

イスに座る人と犬の後ろ姿

母が犬のそばに座れば寄り添うように姿勢を直していた。さながら母を労るようだった。犬はどこまでわかっているのか。なんだか、どこまでもわかっているようにも思えた。

座りながら見つめる犬

自由がきく右手で頭をなでると、しっぽをゆらめかして目を細め、控えめに感情を表していた。

母は犬の名前を呼び、三日間家をあける報告をしていた。入院・翌日手術・翌々日退院といった予定である。

お母さんがいないと犬どうなるんやろうと案じている私に、母は首を横にふって「私がおらんくてもあんたがおったら平然としてるやろう」と笑った。

目を閉じる犬
犬の後ろ姿

そんなやりとりから3日後、母は予定通り入院した。入院に付き添ったが病院内とスタッフの方はコロナ対策からかなりの厳戒姿勢だった。

帰ってきた私を見てぐぅう~っと伸びをした犬と夕方の散歩に行く。川辺で砂を掘って排便をしてまた砂を掘って掘って、達成感のある清々しい表情の犬とすっかり日が暮れた帰り道を歩いた。

砂いじり犬

川ではあんなに元気のよかった犬だが、家に入ってしばらくするとうろつくように歩き回りはじめた。台所、こたつのなか、玄関。リードが伸びる範囲をソワソワと行ったり来たりをして落ち着かない様子だった。そして諦めるように壁にうなだれて座った。

犬は母の不在を憂いていて、身体全部でさびしいと示していた。

壁に寄りかかる犬

こんなに分かりやすい“ザ・しょんぼり”あんねや。母は自分がいなくたって変わらんと予想していたけど大外れや。

怪我から5日、今日入院で明日が手術、急に心細さと不安を実感したのかざらりとした感触が心の内にあった。犬のほほを両手で包んで大丈夫大丈夫と言っていたら、ひどく安心した。犬の寝息に耳をすまして夜を越した。

丸まって寝る犬
日差しと緑

12月25日夜、母がうちに帰ってきた! 私が先にタオルや着替えなどが入った荷物を長椅子の上に置くやいなや、飛びかかる勢いで鼻を寄せてスンスンとにおいを嗅いだ。そして母の足音が近寄ってきて、母の帰宅に気づいた。

ぶれる犬
はしゃぐ犬

母のまわりをぐるぐると飛び跳ねていつまでも帰りを喜んでいた。犬の跳ねる音と母の笑い声、家に表情があればきっと今明るい顔をしている。本当に本当に心底安堵した。

晩ご飯のあとに昨夜伯母が持ってきてくれたクリスマスケーキにロウソクを灯した。火は吹き消すのではなく父が手でパタパタと送風して消すとすかさず母が「仏壇やん」とツッコんでくれた。

ケーキと犬

今年のイブとクリスマスは大変だったが、手術は無事に済んでくれたし、みんなでケーキも食べられて上出来である。

犬顔アップ

二夜の入院であったが母は早く家に帰りたかったそうだ、犬に会いたかったから。そんな母の2021年の目標は『健康第一』、もう怪我をしたくないらしく切実さを感じる。

私は果敢な一年にする、犬の存在に力をもらいながら。

こたつからしっぽ
こたつで寝る犬

この連載が本

『inubot回覧板』

(扶桑社刊)になりました。第1回~12回までの連載に加え、書籍オリジナルのコラムや写真も多数掲載。ぜひご覧ください。

【写真・文/北田瑞絵】

1991年和歌山生まれ。バンタンデザイン研究所大阪校フォトグラファー専攻卒業。「一枚皮だからな、我々は。」で、塩竈フォトフェスティバル大賞を受賞。愛犬の写真を投稿するアカウント

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