女性の社会進出がすすみ、夫婦共働きがスタンダードになりつつある昨今、仕事と不妊治療の両立に悩む女性が増えています。
今回は34歳で体外受精をしたAさんが、妊娠初期に直面したトラブルの実体験をご紹介します。

トイレでお腹をおさえる様子
突然の出血。寝たきり妊婦に…(※写真はイメージです。以下同じ)
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分娩予約難民のリスク!?ミドサーが体外受精の前に知っておきたいこと

Aさんの夫は精巣の周りに瘤ができる

「精索静脈瘤」

の手術を1年半前にしてから、精液検査で精子の総数や運動率が大きく改善。満を持して挑んだ体外受精では、1回目の採卵と移植で着床を示す陽性反応が出ました。

「仕事をしながら毎日自己注射を打って採卵する体外受精は大変でしたが、初めての採卵で7個まで胚盤胞が育ち、これからは移植に専念していこう! と思っていました。1回目ですんなり着床したのは本当にラッキーでした」というAさん。

しかし、不妊外来を卒業するまでには予想もしていなかった紆余曲折があったそう。

●体外受精の流産リスクは自然妊娠よりもかなり高かった

胚移植後の「妊娠判定」では、着床ができたという確認にすぎません。医師からは心拍確認ができるまでは、安心できないと言われました。

Aさん「判定の翌週に胎嚢確認、その次の週くらいに心拍確認ができるまでは、流産の可能性があるということで…。妊娠初期の流産の多くは、偶発的に発生した染色体異常が原因なので、薬や治療方法もなく、ただ無事を願うしかないと言われて不安な日々でした」

もともと自然妊娠の場合でも、初期は流産のリスクが10~15%くらいあります。これが体外受精の場合はそのリスクが2倍以上も高まるそう。不妊治療の最中は、その先にある妊娠継続のことまでなかなか考えが及ばないケースも少なくありません。
この段階で、突然突きつけられたリアルな数字に戸惑う人も多いのではないでしょうか。

幸い、Aさんは判定から2週間後、無事にエコーでピコピコ動く小さな心拍が確認できました。

「おなかのなかに、自分とは別の心臓が動いている瞬間を見たときは神秘的で涙が出ました」とAさん。

不妊治療の担当医からは、どこの病院で産むか決めて分娩予約を取っておくことと、初診までに母子手帳を入手しておくことをアドバイスされました。

さっそく自宅からすぐ近くの産婦人科へ検診と分娩の予約をしようと電話をいれたところ、「“妊娠リスクスコア”で4点以上だと受け入れられないので、事前に計算して確認いただけますか?」と指摘を受けたそう。

●初めて聞いた「妊娠リスクスコア」ってなに?

「妊娠リスクスコア」とは、厚生労働省の研究で分娩施設を選ぶために役立てられる自己評価表のようなもの。ネットなどで調べるとすぐに採点表が出てきます。

フェイスシールドをつける医者

34歳のAさんは、出産するときの年齢が35歳になってしまうため1点、はじめての分娩で1点、体外受精による妊娠で2点と、3つの項目にチェックが入り、トータル4点。ほかにも身長が150cm以下だったり、体重が65kg以上の場合なども点数が加算されます。

「高齢出産になるという認識はありましたが、初産で体外受精が重なると、ハイリスク妊婦となり、分娩可能な施設が限られていることをぜんぜん知りませんでした」とAさん。

このとき、妊娠6週目。自然妊娠だったら、まだ妊娠に気づいていない人も多いような時期ですが、ハイリスク妊婦の受け入れができる病院は妊娠9週目ごろまでに分娩予約が埋まってしまうケースもあるそう。

とくに今年はコロナ禍という事情もあり、里帰り出産を控える傾向にあることから都内の人気病院は例年以上に分娩予約が取りづらい状況だったといいます。

結局、Aさんは第一希望だった近場の病院をあきらめ、不妊治療を受けていた総合病院の産科へそのまま移動することに。

そしてこのあと、仕事を1か月以上休まねばならない事態に見舞われました。

体外受精の人に多い胎盤のリスク。絨毛膜下血腫で切迫流産の診断…

区役所へ妊娠届を提出して母子手帳を発行してもらい、産科で分娩予約も取り、幸せいっぱいだったAさん。思わぬ事態に見舞われたのは妊娠7週目のときでした。

●生理2日目どころじゃない!急な出血に大パニック

ある日、キッチンで料理をしていたAさんは、突然の出血に見舞われました。重い物を持ったり、激しい動きをしたわけでもなく、ただ立っていただけなのに…。

「トイレへ入った瞬間に、いつもの生理と全然違うサラサラした水のような血が止まらなくなってパニックになりました。とっさに、赤ちゃんがトイレに落ちたら大変だと思って、両手にトイレットペーパーを巻きつけ膣を抑えたのですが、サラサラした血がどんどんしみ込んでいくだけ…。途中からドロドロした塊が出てきて、冷や汗が止まらなくなりました」とAさん。

トイレのなかで15分ほど続いた出血。病院に電話すると出血量を確認されました。生理2日目より多いかどうかがひとつの基準になるようで、Aさんはすぐに病院へ向かってくださいと指示を受けました。

●緊急で夜の外来へ駆け込むと…

超音波による検査の結果、胎芽(赤ちゃんのもと)が包まれている胎嚢と胎盤の間に大きな血の塊「絨毛膜下血腫」ができていたことがわかりました。

「私の場合、胎嚢にぴったり寄り添うような感じで血腫ができてしまっていて…。エコー写真には、胎嚢よりもはるかに大きい血腫が写っていました。赤ちゃんに染色体などの異常がなくとも、このまま大きな血の塊が勢いよく剥がれ落ちた場合、胎嚢ごと流されてしまう可能性があると言われました」とAさん。

心の支えになったのは力強い赤ちゃんの心拍音だったといいます。

●体外受精で子宮や胎盤のトラブルが起こりやすい理由

お腹をおさえるマスクをつけた女性

妊娠初期の血腫や出血はそれほど珍しいものではないのですが、医師によると体外受精では、胚を移植するときに子宮内部へ管を通すので、そのときに少なからず擦れが生じ、妊娠後に子宮や胎盤へ問題が起こるケースが多いのだそう。

原因がわかり少しホッとして「在宅での座り仕事は続けて大丈夫でしょうか?」と質問したAさん。

ところが医師は

「昔、Aさんと同じように大きな絨毛膜下血腫ができてしまった妊婦さんがいました。絨毛膜下血腫自体は胎盤に吸収されていくことが多いのですが、体外受精での場合は、安静にしていても血腫がずっと消えにくいケースもあります。その妊婦さんのときも、血腫が消えないままだったのですが、ご本人が頑張ってずっと安静に過ごし続けた結果、37週で元気な赤ちゃんを産んだケースがあります」

そのうえで

「だから今は赤ちゃんのことを最優先にして、しっかり安静にしてください。しばらくは出血が続くと思います。なので、仕事はすぐに休んでいただきたいです。『切迫流産』の診断書を出します」と、仕事禁止令が出てしまいました。

●切迫流産の絶対安静。どのように過ごすべき?

“流産”の衝撃的な単語に頭が真っ白になってしまったというAさん。切迫流産というのは、流産しているわけではなく、流産に進行する可能性が極めて高い状態のことを示すのだそう。そして医師は続けました。

医師「今回はキッチンで立ち仕事をしていただけで出血してしまいました。安静というのは、家にいればいいということではなく、横になって静かに休んでほしいという意味です。ご家庭の事情もあると思いますが、家事も極力控えてほしいです。ご家族の協力は得られそうでしょうか?」

入院する選択も提案されたAさんですが、夫に事情を説明し、その日から家での寝たきり状態の生活に切り替えることにしたそう。

「不妊治療の最中も仕事を両立できた自信があったので、妊娠後も出産直前まで頑張りたい…と思っていたのですが、ここで一度休みをとることになりました。本当は職場の人たちにも、ちゃんと安定期に入ってから妊娠の報告をしたかったです」とAさん。

幸い、家族や職場の人の理解もあり、Aさんはすべての家事と仕事をストップ。食事やトイレ、お風呂以外はほぼ横になったまま、安静をしっかりとることができました。しかし、おなかの中にできた血腫を子宮が排出しようとするたびに、激しい腹痛と出血が頻発したそう。

●日常生活に支障がでるレベル。血腫があると感染症のリスクもUP

医師からは止血剤や痛み止めを処方しても胎児への影響が少なからずあるし、根本解決にはならないので、ひたすら安静にするしかないと説明されたAさん。眠っていても飛び起きるようなおなかの痛みにたびたび襲われました。

ベッドでお腹をおさえる女性

「生理痛はそんなにひどくないほうだったので、子宮の収縮がこんなに痛いと思いませんでした。多めの出血が起こるたびに病院で検査をしてもらっていたのですが、歩くのもやっとな状態だったのでつらかったです」とAさん。

子宮に血腫があると細菌などの温床になることも多く、感染症を引き起こすリスクも高まります。適宜、状況を病院に報告しながら週1ペースでの通院を余儀なくされたそう。

「名実ともに、ハイリスク妊婦であることを実感しました。早いタイミングで仕事や家事を制限するように指導してくれた医師にも感謝しています」とAさん。

●腸内環境と同じように子宮内環境も整えてくれる乳酸菌

絨毛膜下血腫に加えてAさんを悩ませたのは、下痢と便秘。妊娠初期は、ホルモンバランスが腸内環境に影響を及ぼしやすいので、おなかのハリや痛みを訴える妊婦さんは多いそう。Aさんの場合は、痛みが強すぎて、子宮が痛いのか、腸が痛いのか区別がつかないことも多かったといいます。

「医師から子宮の環境をよくするために乳酸菌がいいと聞いて、妊婦でも安心して飲める整腸剤を処方してもらいました。自分でもヨーグルトや甘酒などの発酵食品を積極的にとるように。そしたら子宮の痛みだけでなく、下痢や便秘もだいぶ改善されて、徐々にラクになりました」

こうして絨毛膜下血腫が診断されてから1か月半後、腹痛や出血の症状もおさまったAさん。無事に産科へ移り、仕事へも復帰することができました。

●必要に応じて「母性健康管理指導事項連絡カード」も利用して

今回、Aさんの場合は絶対安静だったので、完全に仕事を休まねばならない状況でしたが、もう少し軽症であっても、妊娠初期でトラブルが起きた場合などは、「母健連絡カード」(母性健康管理指導事項連絡カード)が役に立ちます。

これは、仕事を持つ妊婦さんが勤務時間の短縮、時差通勤などが必要であると主治医に指導されたときに、その内容を職場の人に的確に伝えることを目的につくられたカードです。具体的にどんなことに注意すればいいのか、職場の上司や同僚にも共有しておけると安心ですね。