作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。季節が秋に変わるこの時季、体調を崩しがちです。今回は、そんな自分の体との向き合い方についてつづってくれました。
第30回「足湯のススメ」
●気温が下がり自律神経が乱れ、コロナ疲れも出てきた
気持ちのいい季節になったけれど、私は急激な温度変化に体がついていけなくて、少々自律神経が乱れがちである。
「温泉でも行ってぼけ~っとしたいよねえ」
と夫と話すも、二人が予定を合わせて仕事をストップできる日がなかなか取れないでいた。元気だけど、頭の上に雲がずっとかかっている感じ。これって何だろう。はっきりした原因もわからないんだけど、何となく憂鬱なの。
「コロナの疲れが体や心に出始めているからじゃないかな。俺もそんな感じあるよ」と夫。
台湾に行って魯肉飯(ルーローハン)でも食べてビールを飲みたいけど海外にも行けないし、実家の家族と会いたいのにずっと帰れてないし、ライブでお客さんと思いっきり笑ったり話したりしたいけどそれもできないし。大丈夫、大丈夫。私は前からずっと家で仕事してきたんだから大丈夫。そう思えば思うほどストレスは積み重なっていて、抜けていってない感じがある。いつもなら、発散できていたライブやイベントがない。ないことにも慣れて、新しい日常を楽しみながら春と夏を過ごしたはずなのだ。
●足湯をしてみたらいいことづくめだった
暑い暑い夏が終わり、肌寒い雨の朝、6時に目覚めてキッチンへ行く足先が冷たい。それに血圧がめちゃくちゃ低いのが分かる。昨日、布団に入ったけどあんまり眠れなかったからだるいなあ。お風呂沸かそうかなあ。いや今日はそんな時間はないなあ。ああ目眩が来そうだなあ。そう考えすぎるのもストレスになる。とりあえずいつもの漢方薬を土瓶でことことと煮出す。
「こんなとき温泉地だったらいろんなとこに足湯があって無料で入れるのにねえ」なんて話していた。そのとき、ひらめいた!
「そうだ! 足湯しよう! 家で温泉だ」
「それいいね。足湯!」
さっそくバケツに43度くらいのお湯を入れて、こぼさないようにそーっと食卓の下に置く。温泉の足湯のようにズボンをまくって、ちゃぽんと入れば、じわわわーっと鳥肌が立って全身に血が巡っていくのがわかる。き、き、き、気持ちいい~。10分もすると頭のてっぺんまでぽかぽかして汗ばんできた。「俺も足湯したい!」次は夫もちゃぽん。「ふわー気持ちいいなあー」。朝風呂はけっこう体力を使って、眠くなってしまうけど足湯なら丁度いいかも。
ふくらはぎは第二の心臓と言われていて、心臓へ血液を送り返すポンプの役割をしている。だから、ふくらはぎが冷えていたら体全体の血や気の巡りが悪くなるようだ。足を温めることで頭も冴えてきたぞ。胃袋も目を覚ましてくれた。
卵を焼いて、味噌汁を注いで、昨日炊いておいた栗ご飯を食卓へ運ぶ。夫は最近忙しそうでコーヒーだけ飲んで事務所へ行ってしまっていたが、その日は二人でしっかり朝ごはんを食べた。それはまるで旅館の朝のようにとても有意義な30分間の過ごし方だった。足が温もると、体全部のスイッチが入るんだなあ。それから、ちょくちょく足湯をするようになって体調も上々だ。
●ストレスは体に出るもの。体を気持ちよくさせる工夫をしよう
自分の体の調子が悪いと分かるようになることは、すごく大事だ。「40歳になったら体が変わるよ~。覚悟しておいた方がいいよ」と友人から脅されたりするんだけど、いやもう私は35歳くらいで、気温の変化で目眩が起こるようになってしまった。季節の変わり目に症状が出やすい。目眩しそうな前兆があると、すぐにソファに寝転がったり仕事をセーブしたりするようになった。なので38歳の今、体とは上手に付き合えるようになってきたなと思う。
ただ、この緊急事態の続く中で変化してしまった生活スタイル、常識、そういうものに心はまいってたんだろう。心と身体は繋がっているもの、ストレスは結局体に出る。
マスクを忘れてしまって駅まで来たのに取りに帰ったり、居酒屋へ行くのをためらったり、連日のアルコール消毒で手がヒリヒリしたり、ご近所さんと立ち話するのも気を使い合ったり、SNSから流れる悲しいニュースも…。
風邪引いたとか、転んで怪我をしたとか目に見えた大きな傷ではない。我慢できる程度の小さなかすり傷だ。そして周りもみんな同じかすり傷だらけだから、自分だけしんどいって言いにくいよね。疲れたよ、悲しいよ、もういいじゃないって、本当は大声で言いたいんだけど、言えない。全部空気が作っているものなんだよなと思う。半年以上が経ち、かすり傷がいつの間にか無数に増えて、頭上には雲が広がっていた。
足湯をしてみて、体から心にアプローチすることってあるんだなあと思った。〈病は気から〉と言うけれど、その逆もしかりなんだと。体が気持ちいいと、気分も少し晴れる。こうすると自分の気持ちが良くなるという方法をいくつか知っておくだけでお守りのように、安心材料にもなる。私のリフレッシュ方法は、足湯と漢方薬の他には、太陽を浴びること、ストレッチ、そして「まあいいか」と思う気持ちを持つこと。自分を追い込んで頑張るが、これ以上入ってはダメと思ったら、腹巻きの中に隠していた最後の切り札「まあいいか」を出す。そしてベッドに寝転がって漫画を読みながら寝落ちする。編集者には聞かせられない秘密の話だが。昔よりは、ほどほどにできるようになったから好きなことを続けていけてるのかもしれない。血の巡りは悪くなるけど、歳をとるのもいいもんだなあと思う。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著に、詩画集
「今夜 凶暴だから わたし」(ちいさいミシマ社)、絵本
『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集
「いっぴき」(ちくま文庫)、絵本
「赤い金魚と赤いとうがらし」(ミルブックス)など。翻訳絵本
「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:
んふふのふ