旬の素材を使った毎日の料理や、時季ならではのおいしい食べ方をつぶやくツイッターアカウント、「きょうの140字ごはん」(

@140words_recipe

)を運営する文筆家の寿木(すずき)けいさん。

使いたいと思う食材や道具、そしてだれかへの贈り物は、四季に導かれるものだそう。
寿木さんから季節のあいさつに代えて、読者の皆さんへ「今日はこれを手に取ってみませんか?」とお誘いします。

新型コロナウイルスの影響で、家にいる時間が増えた人も多いと思います。
となると、悩みのタネになるのは、家族みんなの分の食事を1日3回つくらなくてはいけない“料理”のこと。
今回は寿木さんに、そんな在宅中の料理をワクワクさせてくれる、すてきな本について教えてもらいました。

本3冊
今回ご紹介する3冊
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今だからこそ手に取りたい、個性豊かな3冊

レシピや料理に関する本は、おそらくたくさんもっているほうだと思う。どれも大切な本だけれど、そのなかでも、人生に何度とないタイミングに改めて出合い直すような、特別な本というものがある。在宅勤務を始めて3週間たった今、手に取る頻度の高い3冊を紹介する。

『みんなのおやつ ちいさなレシピを33』なかしましほ

6~7年前まで、私には甘いものを手づくりする習慣がなかった。産休に入って家で過ごす時間が増えたことをきっかけに買ったのが、なかしましほさんのこのレシピ本だ。

ツイッターで #LR1 をつけて手づくりおやつを投稿する遊び

を何度か目にしていて、どこか懐かしくて端正なおやつの姿と簡潔なレシピに「私でもつくれるかもしれない」と思ったのが、この本を選んだきっかけだった。

「みんなのおやつ」
写真・松原博子さんとスタイリング・岡尾美代子さんのコンビによる、てらいのないチャーミングな写真も魅力だ。

最初につくったのはビスコッティ。初めてにしては上できで、会社にももっていきコーヒーと一緒に食べて休憩したりしていた。甘いものが運んできてくれる時間の豊かさに気がついたのは、この本のおかげ。それ以降、プリンやクラッカー、ゆべし、ガトーショコラ、マフィン、スイートポテトなど、たくさんのレシピに挑戦してきた。

バナナブレッド
ずっと家にいる子どもと一緒に、バナナを毎日観察して熟成させてから焼いたバナナブレッド。それぞれの食べたい大きさにカット。

●時代を越えて愛される、みんなのおやつ

なかしまさんのレシピは、使う材料が少なくてすみ、容量の表記がわかりやすい。一読してつくり方が頭に入る。そして、どこに手をかけ、どこなら少し手を抜いてもかまわないのか、非常にメリハリがきいたレシピであることがすばらしい。

今では「今日は甘いものつくろうかな」と言うと、子どもが「どれにする?」と目を輝かせながらこの本を本棚から持ってくる。今までは時間のある週末だけつくっていただけれど、今は週に2~3回は朝ごはんの支度のついでにつくって、午後3時のおやつに食べている。

いつ開いても、すぐつくれて、そしていつまでも古くならないおやつばかり。食のトレンドが目まぐるしく変わる時代において、愛すべき本だと思う。

『酒肴ごよみ365日』カワウソ 萬田康文と大沼ショージ

東京・駒形にアトリエ兼事務所を構え写真家として活躍するふたりが、365日つくり続けた酒の肴を撮影した、写真集のようなレシピ本。1日1ページでボリュームたっぷり、370ページ超えの分厚い一冊だ。

「酒肴ごよみ365日」
なんてことない日々の肴がとても艶っぽくて、この本をきっかけに、私の本『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』でも撮影をお願いした。

家で仕事をしていると、通勤時間というものが消滅する。18時にパソコンの電源を落とせば、18時からお酒を飲みはじめてかまわないのだ。台所をうろうろして、さて今日はなにをつくろうかなと算段しながら、この本をめくるのが日課になっている。

●視覚に訴えかけ、話しかけてくる本

カレンダー形式になったこの本には、豆ごはんのおむすびと辛口の日本酒、揚げシュウマイにビール、メロンとブランデー…どれもニクい組み合わせが並ぶ。曜日感覚や季節感をなくしがちな自粛生活で、旬を感じることは精神の栄養になる。よそさまの酒と肴さえも食前酒代わりにして、機嫌よく食事の支度にとりかかることができるのが酒飲みというもの。本のレシピをそのままつくることもあるし、レシピがヒントになり、別の肴を思いついたりする。本との対話も楽しいのだ。

レタスの湯引き
4月15日のページで紹介されていた、レタスの湯引きをつくってみた。丸々としたレタスが冷蔵庫で申し訳なさそうにしていたので、これはつくらにゃいかんなと。白ワインビネガー、オリーブオイル、塩コショウ、パルミジャーノで味つけ。

『壇流クッキング』/壇 一雄

ずっと家にこもっていると、食材とがっぷり四つに組む硬派な料理をつくってみたいという気持ちが湧いてくる。手に取ったのは、世界を見て歩いた作家・壇 一雄のあまりに有名な料理エッセイ。たくさんのふせんがついていることに自分でも驚いた。いつかつくろうと思っていたのだけれど、時間も手間もかかるレシピが多く、しばらく遠ざかっていたのだった。

「壇流クッキング」
昭和44年~46年までサンケイ新聞で連載された全94話が一冊に。

9歳のときに母親が出奔し、世間体と未練から女中を雇おうとしなかった父親に代わって、一雄少年は料理をはじめた。小さな妹たちのためにも、栄養のあるものを、経済的に手早く、かつおいしくつくるにはどうしたらいいかをずっと考えて手を動かし続けてきた少年は、成長して作家になった。そして昭和44年からサンケイ新聞紙上に書きはじめたが、このエッセイだ。

●週に一度、1600字で語った料理と人生

驚くのはそのペース。週に一度、レシピとそれにまつわる様々な思い出を1600字で書いている。登場するのは、大量の臓物や骨つき肉から、秋田のきりたんぽ、異国のスパイス、暑い国の辛い料理まで、熱量たっぷりのグルメ。

それを令和の核家族の食卓には合わないと斬り捨てるのは早合点で、読みはじめると止まらない。その理由は、隣りのおにいさんが語るような優しい口調と、繊細な神経でもって編み込まれた、料理の本質を突く実践的なハウツーにある。

エビの揚げ物
本のなかから、エビの揚げ物をつくってみた。泡立てた卵白に片栗粉を加え、それを衣にエビを揚げる。カリッと軽やかな歯ごたえで、飽きずにいくらでも食べられる。

実用的なだけでなく、共感も至るところにある。初めて片栗粉でとろみをつけた日の感激や、きんぴらごぼうへの郷愁、パリでオニオン・スープを食べた日の弾むような気持ち。一雄青年のいくつもの小さな感動が、読む側の心にも染み入ってくる。「じつは買い出しが一番好き」という告白に、私も! と手を挙げる人も多いはずだ。

膨大な経験と知識、そして健全な食欲に裏打ちされた、なんていい本だろう。

端午の節句には、檀流のちまきをつくろうと決めている。

「おいしいものを伝えたい」という気持ちに、昭和も令和もない。売れっ子作家が昭和40年代に真正面から説いた、日々の食事は自分の手でつくるべきであるという人生観は、今こそ胸に響く。

【寿木けい(すずきけい)】

富山県出身。文筆家、家庭料理人。著書に『

いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(小学館刊)など。最新刊は、初めての書き下ろし随筆集『閨と厨』(CCCメディアハウス刊)。趣味は読書。好物はカキとマティーニ。 ツイッター:きょうの140字ごはん(@140words_recipe) ウェブサイト:keisuzuki.info