私の実家周辺はどんどん空き家や耕作放棄地が増え、人間より猿の方が多い。人がいなくなれば畑が荒れ、草がやがて雑木林になって、いつの間にか猿殿の城になるという悪循環。キキー、ギャー、すぐ近くの元畑からこちらを向いて威嚇してくる。怖いです。あの頑丈なネットを食い破る歯の力、人間が襲われたらひとたまりもないだろう。
やっぱり動物には敵わないんだと、自分たちの立場を思い知らされる。そして共存という道もなかなか難しい。言葉が通じたら、半分はあげるから半分は残しといてねって言うんだけどなあ。
つくっても食べられるから、一人、また一人と離農していく。日本の多くの農家が中小規模の兼業農家、父親はサラリーマンや公務員という家が多かった。離農したところで食べていけないというほどの大打撃ということではない。だから町も害獣対策に力を入れない。
「こんなに汗水たらしても猿に食べられるじゃなあ」という気持ち、わかる。わかるけど、やめないでー、おばちゃんちがやめたら、家だけが猿の餌食になるよー。
そんな中、妹は立ち上がった! 私はやめん! 猿の嫌いなものを育てる! ゴーヤ、オクラ、菊芋、唐辛子、ピーマン、ハトムギ。ネギまで食べ散らかす猿たちだが、これらは未だに手をつけない。唐辛子は当然だけど、オクラなんかは生で食べてもおいしいのにね。オクラって、天を向いて角を突き立てるみたいに育つじゃない? だから食べられるものっていう認識がないんだろうねえ。
それから最近、栽培が流行り始めた菊芋も、ひまわりみたいに天高く伸びて、大きな黄色い花を咲かせるので、芋だと思ってないみたい。
妹は、ブドウだけは死守しつつ、残りの土地で猿が嫌いな食べ物を育てはじめた。
●守り抜かれて育ったブドウは宝石のように美しくて
こうして、夏と秋の間で…、採れました。
すべての画像を見る(全4枚)ブドウが、ブドウが、ブドウが採れました。実家に帰って畑に行くたび、近所の人に
「久美ちゃん、みかちゃんに感謝しなよー。あの子は根気強く毎日毎日ブドウの世話しよったで。この暑いのに草刈りして、ネット張って」
と言われた。
本当にありがとう。何度かネットを食い破られて穴から手を入れて取られたりしていたけれどその度に補修して大半は無事だった。昔から妹は根気強いのだ。黙ってコツコツとテスト勉強するタイプだった。「絶対明日の6時に起こしてね」と言って寝て、結局翌朝も起きない私とは根性が違う。
母と朝から何度か草刈りに出かけたけれど、午後は何にもできないくらいぐったりした。夏の作業は早朝に限るが、太陽が頭を出し始めたらもうアウトだ。骨の中から煮えていくような灼熱。川で泳いだみたいな汗の量。ときどきパトカーが廻ってきて、「そろそろお休みしませんか」と注意喚起してくれる。没頭すると、あと少し、あと少し、いつの間にか倒れていたという人も最近では珍しくないのだ。
ブドウをテーブルに並べてみると、宝石のように美しかった。
「こんなネックレスがあったら綺麗だろうねえ」と夫が言った。
「そうやねえ。自然のデザインにかなうものはないよねえ」
ベリーAもデラウェアも、一粒一粒がつやつやと輝いている。こんなにブドウを眺めたことはなかった。紫や濃い青やその中に黄緑色も混ざって生きた物の色だ。買ったものの方がそりゃあ甘いけれど、じっくり味わって食べるぜいたくな時間。
スーパーに並ぶすべての作物に、生産者がいる。だれかが、こうして大地と向き合ってつくってくれたものなのだ。今年は豊作、やっと近所の人たちにも配れてよかったなあ。来年はどうなるかなあ。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集「いっぴき」(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。公式HP:んふふのふ高橋さんのエッセイ集
『捨てられない物』は、高橋さんのHPにて発売。