昨年2月に発売された著書『科学的根拠に基づく最高の勉強法』(KADOKAWA刊)が累計12万部を突破した医師・安川康介さん。日本とアメリカの医師試験に合格するまでの道のりには、ある"秘密の勉強法"がありました。今回は、その秘密をひも解くため、安川先生の実体験とともに詳しく探ります。
「落ち着きがなかった」小学校時代
小学生のときから好奇心旺盛だった安川先生。当時を振り返ると、特別変わった子どもではなかったものの、通信簿には「落ち着きがない」とよく書かれていたそうです。小学5年生のときに父親の仕事の関係で渡米が決まり、そのまま家族でアメリカに向かうと思いきや、そこで思わぬ波乱が起こりました。
「日本にはたくさん友達がいたので、じつは僕はアメリカに行きたくなくて『日本に残りたい!』と反対したんです。でも、姉が家族会議で『康介に来てほしい人!』みたいな感じで議題に上げたら僕以外の3人が手を挙げて(笑)。結果、投票で負けてアメリカについていくことになりました」(安川先生、以下同)
英語がまったく話せなかったため、アメリカでの生活に当初は苦戦…。
「小学5年生は、移住するには微妙な年齢。もっと早く行けば自然に覚えることができますが、高学年や中学生で行くと結構苦労するかも。僕はそうでした。でも、現地の学校に通っていたので、(語学は)やらざるを得ない状況。授業も友達もすべて英語の環境で生きていかないといけないので、単語や文法など自分で勉強しました」
「学ばなければいけない」。その気持ちが芽生え、自分で勉強するという姿勢がついたそうです。
高校での成績は学年1位。しかし、優等生ではなかった
アメリカの現地校に通いながら、「いずれ日本に戻るという意識」から、Z会の通信教育で1人で高校受験の勉強も行っていました。結局、アメリカにある高校に入学。そして成績は学年1位! 勉強漬けの日々を送っていたかと思うと、「ラグビーやお笑い芸に打ち込んでいた」と少し意外な一面が。
「勉強だけをするのはつまらないと思っていたので、いろんなことを楽しみたい気持ちは強くありましたね。ロビン・ウィリアムズ主演の『Dead Poets Society(邦題「いまを生きる」)』という映画に感化され、当時のモットーは『carpe diem(ラテン語で“今を生きる”)』。とにかくやりたいことをやりたかった」
人を楽しませるのが好きだという安川先生は、日本で流行っていた『爆笑オンエアバトル』を全部録画して見てネタを研究。ネタを考えてはコントを人前で披露…なんてこともしていたそうです。
「高校のときもすごく真面目な学生ではなくて(笑)。授業も結構サボったりしていましたし、校則を破って寮から出られなくなったこともあります。成績はよかったですが、学校での勉強を『これやって意味があるのかな?』なんて考えていました。だから、大学では自分で勉強したことが、直接だれかの役に立つことを学びたかった。これが医学部を志した理由の1つです」
遊びと勉強を両立させた結果、勉強は『やり方』が非常に重要であると実感しました。そしてその気づきこそが『最高の勉強法』という本につながっています。
「頭のよさに遺伝的な違いというものはありますが、僕はそこまで個人差は大きくないと考えています。だからやり方次第で向上することができます。多くの方に僕の考えを実践していただきたいなと思ってこの本を執筆しました」