読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。
すべての画像を見る(全4枚)ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。
「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。
相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。
さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。
【今回の相談】食器洗い中に何度も皿を割ってしまう
食器洗い中に何度も皿を割ってしまいます。(PN.毎日の出来事さん)
【作者さんの回答】ハンチングの男の正体を追え
車両のなかの空気は冷たかった。
窓の向こうは一面の雪景色である。はぁと息を吐くと、白い水蒸気が浮かび上がる。コートの襟をあげて、寒さをしのぐ。
斜め向かいの席には、ハンチングを目深に被った男が座っている。わたしが追っている男だ。
かれは窓に顔を向けてじっとしていた。表情は読み取れないが、緊張感につつまれている。ほかにも乗客は何人かいたが、みんな沈痛な顔をしている。
車掌のアナウンスが流れると、かれは立ち上がって足もとのトランクケースを持ち上げ、降車の準備をはじめる。かれを視界の隅で追いながら、わたしも自分の荷物を握りしめた。
駅のホームに降りると、冷たい風が肌を刺す。足もとは泥と混ざった溶けかけの雪が、靴のなかにしみ込んできてひどく不快だ。
ハンチングの男を追うと、駅からほど近い旅館へと吸い込まれていく。チェックインの最中にふとロビーを見渡すと、さきほど車両にいた乗客の顔がちらほらとある。どうやらみんなここが目的地のようだ。
廊下を忙しそうに歩く女将は、手に大量の皿を抱えている。
「大変そうですね」
思わず聞いてしまった。
「ええ、明日までに洗わないと」
「明日までに?」
「ええ、あなたもそれできたんでしょう?」
そう言うと、彼女は皿を抱えてキッチンに入っていった。ちらりとキッチンのなかを見ると、洗い場に大量の皿が積まれている。忙しく手を動かしていると、積まれた皿に手の甲が当たる。「あっ」と声を出す間もなく、皿が崩れていき、耳を刺すような破裂音が響いた。思わず目をつむった。
「たいへん失礼いたしました」
女将はそう声をあげると、かがみ込んで散らばった皿の破片を拾い集める。
「気をつけてくださいね」
背後からの声に女将はびくっと反応する。声をかけたのは、ハンチングの男だ。女将に一礼をすると、男はトランクケースを持って、客室に消えていった。