初エッセー集『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(新潮社)を上梓した人気ニットデザイナーの三國万里子さん。日常の中に小さな喜びを見出す三國さんの視点に引き込まれ、読めば読むほど、不思議と幸せな気持ちがこみあげてくる同書は、発売直後に重版がかかる人気作に。そんな三國さんに、編み物の楽しさ、そして今後の50代以降をどう生きたいか、お話を伺いました。

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三國万里子さん
人気ニットデザイナーの三國万里子さん
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“適当”な人ほど編み物に向いているんです

「こわばったり、よどんだりしていた心が糸とともにすーっとほぐれていく」「編み終えたころは得も言われぬ達成感がある」――編み物の楽しさをこう語る、三國さん。そう聞くとぜひ始めたい気持ちに駆られるものの、「でも手先が不器用だから…」といった不安を覚える人もいるでしょう。「でも大丈夫!」と、三國さんは力強く言います。

●まずは自分がほしいものをつくるのが一番

「編み物は、初心者のうちは間違えて、ほどいて、の繰り返しです。でも間違ってが~~ん、のショックも、ほどいて編みなおすじれったさも、楽しみのうちと思ってほしい。慣れてくれば編むスピードもついてきて、料理みたいに目分量で編んでも仕上がるようになる。“適当力”がある人は向いていると思うんです。

まずは編み物本通りに一個つくってみては。あとからそれを見返すと、『初心者だったな~』と感じますが、そういう記念的な最初の一作って、愛しいものですよ」

第一作は、「自分がほしいものをつくるのが一番!」と三國さん。

ドイツのアンティーク人形
ドイツのアンティーク人形につくった服

「私の夫が初めて編んだものは、セーターでした。最初だから小物かな? と思ったら『セーターが編みたい!』と。そこで、隣で私が一つ一つ指示をして、物語をつくるみたいに最後まで編んでいました。

初めて編むときはものすごく集中力が要るんです。二本の針で毛糸をネット状に操って平面にしていくのってなかなかの作業だから。そういうことがすごく新鮮でもあり、チャレンジでもあるんですけれど、つまずいたときにヘルプの手を差し伸べてくれる人が周りにいたら、すごくラッキーです。

例えば、網目が一つずれて、パニックになる。そんな時、『大丈夫だよ~』とのんびり言ってくれる人がそばにいたらいいですね。セーターなどの大物を編むときは特に。今ならインターネット上の編み物サークルに入ると、楽しいと思います」

編み物は、セーター一枚編むだけで、自分が変わる感覚を得られるといいます。

「夫が初めてセーターを編んだ時も、『編んでいる時間がとても落ち着いた』と話していました。当時夫は東日本大震災の影響で仕事が休みになり、手持無沙汰で心も不安で落ち着かなかった。それが編んでいくうちに、そわそわした所在ない心が消えていったそうです。

ちょっと複雑なことに没頭する時間って、心がすっきりするんですよ。不思議な感覚なんですが、編んでいくうちに、糸が、ちょっとよどんだ想念みたいなのをからめとってくれるような、すーっと手元から離してくれるような感覚があるんですよね」