まるで絵本の世界から飛び出してきたような、シンプルな直線で構成された切妻屋根(への字の三角屋根のこと)のおうち。そのアイコンみたいに愛らしい姿は、人の歩みを止め、笑顔を誘います。そんなかわいい住宅を、20年間にわたって設計し続けているのが、一級建築士の石川淳さん。生まれたきっかけや、家とそこに住む人へ込める思いを語ります。
すべての画像を見る(全11枚)原点は友人からの依頼「コストをかけずに楽しい家」
2001年に地元の友人から「建築条件つきの土地買ったので、間取り図書いてよ」と頼まれました。まだ私が勤め人の頃のことです。
敷地は子どもの頃から知っている場所で、電車の窓から遠くに見える緑豊かな森の斜面。「あんな所に自由に設計してみたい」と通勤時に漠然と眺めていた場所でした。
工事費はローコストの1500万円でしたが「とにかくおもしろい家にして!」と言われ、コスト少なめでも楽しい家になるように設計することに。
当時、建築の世界では、ポストモダン流行の後半の時期。住宅でも斬新な外観にデザインすることがはやっていました。
しかし、「コストを絞る」という必要から、木造として理にかなっている切妻屋根にして外仕上げも1種類、窓も最小限に。
ちょうど筆者はその頃、商業施設でもない個人邸に、大げさなデザインや目立つ材料を使うことに、疑問を持ち始めていました。この家は、基本に返って、家として、もっともシンプルな形でつくっています。
完成した家のタイトルは、「Y-ケンネル」としました。Yは施主のイニシャルで、ケンネルは犬小屋や小さな小屋を指します。
子どもたちの「すてきなおうち!」が背中を押してくれた
さて、この家の設計をきっかけに、自立して設計したいという気持ちも強まります。同年秋に独立することにしました。
すると、「Y-ケンネル」が掲載された専門誌を見た一般誌から取材依頼が。月刊誌の表紙に「Y-ケンネル」が出ることに。さらに、俳優さんが住宅を探訪する番組からも依頼が来て、2003年5月にテレビ放送されます。
後日、放送をご覧になった、とあるご夫婦から「同じようなシンプルな家をお願いしたい」と連絡が来ました。
白い切妻屋根と黒のベランダを組み合わせたデザインで、仕事室があることから「Y-SOHO」と名づけます(写真・上)。
完成後に住まい手からから、「保育園のお散歩途中の子どもたちが『すてきなオウチ!』と言いながら通過して行くのよ!」と聞きました。子どもが直感的にすてきと思う形って、街の景色としてとてもよいな、と気づいた瞬間でした。