たかが500円、されど500円。ときには500円が思わぬ「魔法」をかけてくれることがあります。

ここではESSE読者が体験した、初めてのピアノの発表会にお下がりのドレスで臨んだ母娘の、500円にまつわるエピソードをお届けします。

お下がりのドレスが500円の魔法で輝いた日

(和歌山県・59歳)

500円の幸せ
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娘が初めてドレスを着たのは、16年前。16歳の春だった。ピアノ教室の先生から推薦を受けて、地元の公演で演奏することになったのだ。

舞台に上がるとなると、ドレスが必要だ。だが、一度きりの公演のためにドレスを新調するのはちょっと…。思案していると、知人が、私物を譲ると言ってくれた。

ありがたい、これでひと安心と思ったが、いただいたものを見て正直少しがっかりした。25年前のものだというドレスは暗い青色で、ずいぶんと地味。娘は、「ドナウ川のさざなみ」を弾くのだから青がいいのよと言っていたが。

●中古品のドレスに手作業でスパンコールをつけて

ピアノの先生に相談すると、スパンコールをつけたらどうかとアドバイスされた。さっそく手芸店に行き、ピンクや赤のキラキラしたなかから、娘は青いスパンコールを選んだ。
値段は500円。それをドレス全体にちりばめるようにして、丁寧に接着した。
練習も、公演が近づくにつれ厳しさを増し、自宅でも何時間もピアノに向かう日々が続いていた。

そして迎えた公演当日。娘は髪を結い上げ、真紅の口紅を引いた。劇場の控え室に入ると、同じように舞台に上がる少女たちが、次々とドレスに着替えていく。肩をあらわにした少女や、黄色の大きな花を腰に飾った少女。自前の真新しいドレスに身を包んだ少女たちはみんな華やかで美しかった。

それに引き換え、娘が自分でつけたスパンコールはどうしても見劣りした。無理してでもドレスを買うべきだったか。後悔している私の傍らで、娘は気に留めたふうもなく、一心に指を動かしていた。初めての舞台に緊張しているのだ。

●ライトを浴びて、まるで光のさざなみをまとっているよう!

やがて公演が始まると、驚いたことに、少女たちのなかで、娘のドレスだけがキラキラと光るではないか。強いライトを浴びてスパンコールが輝いているのだ。光のさざなみをまとったような娘の演奏に、思わずうっとりした。娘が手ずからドレスにつけた500円のスパンコールの魔法が効いた瞬間は今も忘れられない。

そんな娘も、一児の母親となった。彼女が使っていたピアノは、幼い孫娘に受け継がれ、また奏でられる日を待っている。