グラフィックデザイナーの西出弥加さんと光さん夫妻は、夫婦ともに発達障害という特性をもちながら結婚。そして、結婚早々から別居という道を選んでいます。
弥加さんは「私たちは、発達という特性以外にも、一般の夫婦とは違った部分がある」と、結婚した「もうひとつの理由」を教えてくれました。
妻の性自認は「男」で、夫の性自認は「なし」
私たちは、妻の私がASD、夫がADHDの発達障害の特性をもった夫婦です。普通に見たら、普通に気の合った男女の結婚と思うかもしれませんが、じつは私自身の性自認は「男性」ということもあり、今の夫でなければ結婚に至りませんでした。
夫を初めて見たとき、肌が白くきめ細かい印象を持ちました。そして腕や足も細く、風に飛ばされてしまうのではないかと心配になったことを覚えています。
服装もフェミニンで、ベージュのグラデーションが美しいアイシャドウを塗っていて、女の自分よりもずっと女性らしい雰囲気を出していました。
それに比べて私はパーカーとジーンズにスッピン、腕も足も夫より太く、日に焼けて色黒でした。二人で街を歩いていると、どっちが男か女かわからないと言われたことがあります。
●夫はエックスジェンダーで性別がない。そこに共感できた
結婚前、夫に「僕は男である自分を消したい」と言われました。私の場合は「女である自分を消したい」といつも思って生きていたので、この言葉にすごく共感できました。
夫はいわゆるエックスジェンダーで、性別がない人でした。私はトランスジェンダーで体は女性のままですが、男だという意識で生きてきたからです。
ただ、お互いに身なりを100%女性らしくしたいとか、男らしくしたいというわけでもないので、周囲からの印象と心のギャップをいつも感じていました。
周囲からありのままでいいと言われるのですが、自分は男だと思っているのに世間から女性扱いされることにとても違和感をもって生きてきました。「いや、俺は女じゃない」と、空気を止めるわけにはいかないので胸にはモヤモヤが募ります。もちろん見た目は女性なので相手がそう思うのは当然です。
そんな風に男性と向き合うことができなかった私は、今まで抱いてきたギャップや葛藤、不安も、夫となら分かち合えるかもしれないと思いました。
●「女性」として見られてきたのが苦しかった過去
長年生きるなかで、女の体をもつ自分に心も合わせていかないといけないと思い込んでいました。私も今まで結婚を意識した異性もいたのですが、女としての役割を持てない自分を否定し続け、狂うばかりでした。
女として出産しないといけない、家を守らないといけない、スカートを履かないといけない、ヒールを履いてきれいな女性でいないといけない、全部が全部、自分の心とは正反対のことで、苦しい人生でした。
つき合ってきた男性に「そのままでいいよ」と言われたこともありますが、きっと「普通」の人生を望んでいるだろうなというのは感じていました。「女」としての自分を求めらるという、ごく自然な流れに戸惑うばかりでした。
じつをいうと、30歳手前まで、自分でも性自認のことに気づいていませんでした。
そこに至るまでは、恋愛をすると心も体もボロボロになるばかり。一番ひどかったのは13キロ痩せたときでした。1か月何も食べられず、結局救急車で運ばれ、栄養失調と過労死寸前の状態になるほどでした。
●夫だけは私そのものを見てくれた
そんななか、夫と出会ったとき、私が今まで言われたことのない言葉を言ってくれました。
「明日あなたが男になって僕の目の前に現れても、僕はあなたが好きだ」
女だろうが、男だろうが、日本人だろうが、そうじゃなかろうが、なんでもいい、あなたはあなただと。
そして最後には、「あなたが明日ガチガチのマッチョのブラジル人になって現れても、僕はきっとすぐにあなただとわかるだろうし、好きな気持ちは変わらない」とまで言ったのです。
生まれてからずっと、外見だけ見られて女を求められ、外見から入り減点法で評価されていた私は「だれか、自分の中身を見てくれる人がいたらいいのにな」という願望を胸に秘めていたので、夫に会えた嬉しさと価値観の合致を感じ、この人と結婚したいと思ったのです。
大半が思い描くであろう、ドラマのような男女の結婚じゃなくていい、性別を気にしない結婚でいいと自然に思えた瞬間でした。
●今は、お互いがずっと自分らしく生きられている
私たちは出会ってすぐのいわゆる“交際0日婚”だったので、デートをしたこともありませんでした。別居している今はたまにデートや文通をしていて、まるで恋人に戻っているような感覚です。順番は逆走している感じでバラバラですが、自分たちの自然な流れを大切にしていきたいです。
一緒に住み、女性が子を産み、男性が働くといういわゆる多くの家族の形式に私たちは当てはまりませんが、自分達が幸せな結婚生活を送りたいと日々願いながら過ごし、実現できています。
苗字に関しても、夫が「東西南北がつく苗字に変えたい」と言っていたので、妻である私の方の「西出」という苗字になりました。私は自分の苗字を変えたくないので、ここでもきっと男性とぶつかるのだろうなと予想して怯えていましたが、夫とはその辺も意見が一致してよかったと思います。
どんな形であっても、相手が自分らしく生き続けることができるのがいちばんの幸せではないでしょうか。
男と女の役割にとらわれず、保守的な常識や固定概念を取って、周りを気にすることもなく、目の前にいる相手の幸せを考えてこれからも生きていきたいと思っています。
●自分にとって居心地のいい空間を見つける
なかなか自分を認めてくれる人との出会いがない…。自分がマイノリティだと悩んでしまうことも多いかもしれません。
私の場合は極力、そういう人たちとたくさん触れ合う機会を増やしています。マイノリティが集まればマジョリティになるからです。
そこでは女の体をしている私に性のことを聞く人はいません。そこのみんなは、人に言われたくないこと、言われたいことを大体、把握しているからです。
自分にとって心地いい場所をいっぱい増やし、傷つかない人たちと話し合う機会を増やしていくと、心も楽になるかもしれません。
【西出弥加さん】
絵本作家、グラフィックデザイナー。1歳のときから色鉛筆で絵を描き始める。20歳のとき、mixiに投稿したイラストがきっかけで絵本やイラストの仕事を始める。Twitterは
@frenchbeansaya