作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、中学生の前で夢を語ることになった高橋さんがそこで語ったこと、そして自分のなかで気づいたことをつづってくれました。

第13回「自由ってなんだ」

暮らしっく
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●中学生たちの前で「夢」というものを語ることに

先日、母校の中学校に依頼されて「少年式」で講話をすることになった。
少年式ってみなさんの地域でもあるかな。14歳、武士の子どもが髷(マゲ)を結う元服の儀式の名残として、大人になるための心構えをしようという式だ。地域によっては立志式とか二分の一成人式と呼んだりもするそうだ。私も14歳の2月、少年式をして地域の奉仕作業などに参加した記憶がある。

たくさんの生徒が集まっている少年式の様子
少年式にて

中学校を卒業してかれこれ22年、今私からどんな話をしたらいいだろうと迷った。「がんばったら夢は叶うというような希望のあるお話をぜひ」と教頭先生がおっしゃったけれど、人生はそんなに甘いものではない気もした。どんなにがんばっても叶わないことをたくさん味わった。
そもそも夢というぼんやりとしたものをどう話せばいいのか考えれば考えるほどにわからなくなってしまった。

やみくもに夢をもつことがいいのかどうか…とも思う。私たちの頃は夢を強制的にもつようにされてきた時代でもあった。自分の中のイメージだけで私は学校の先生になることを夢見てきた。子どもの目から見る先生は、ケンカの仲裁に入り、授業をし、一緒にドッジボールをする優しくて厳しい大人。
影でどんな涙を見せているのか、雑務に追われて寝るひまもないか、職員室のあれこれ、そんな実態を知ることになるのは教育大学へ進学し教育実習に行くようになってからだった。

●夢と信じ続けたものを挫折した私だからこそ伝えられること

スペシャリストになるのはとてつもない信念と努力が必要で、天職だと思える瞬間は4年間の中で一度もおとずれることはなかった。夢と信じ続けたものを放棄し、私は音楽の道にまい進することになった。
大学まで進んだ後で自分には向いてないと気づくというのもなかなかの挫折であった。

私には音楽の道があったけれど、そのほかになにもなかったときどうしただろうかと時々思う。
無理に夢をもつということではなく、好きなことや興味のあるものを学生時代から少しずつ掘り下げていくということの方がいいのではないか。全員がサッカー選手になれなくても、ボールやスパイクをつくる仕事、選手のサポートをするマネージャー、体のメンテナンスをするトレーナー、サッカー選手を支えるお仕事はたくさんある。そういう選択肢があることを知るのもすごく大事な気がしている。