コロナ禍の影響で働き方が変化するのにともない、ライフスタイルそのものも変わりつつあります。「家で仕事をする」「家族で家事を分担する」といったスタイルがますます進む中で、住まいに求められる機能はどのように変わっていくのでしょうか?社会派ブロガーのちきりんさんと建築家のさんが語り合いました。

ちきりんさん(社会派ブロガー)×東端桐子さん(建築家)
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「閉じた家」から「開かれた家」へちきりん流のワークスペースは「オフィス感」を重視「使う人」の目線で家事動線を工夫するちきりん流の家事動線。暮らしやすさをアップする工夫の数々に注目「10年ごとにリセット」するつもりで住まいを考える

「閉じた家」から「開かれた家」へ

ちきりん:コロナの影響でリモートワークが増えたことで、多くの人が「家の中にワークスペースをどうつくるか」を気にするようになりました。私自身フリーランスなので、仕事場は家の中にあります。2018年に自宅のマンションをリノベーションしたときこだわったのは、「Zoom(オンライン会議)の背景」専用の一角をつくることでした。

当時はZoomがまだ普及していなかったので、かなり不思議がられましたね。なぜ背景にこだわったかというと、お客さま相手の仕事をするとき、先方は会社の会議室にいるのに、私の周りが生活感丸出しでは、相手の信用が得られない。せめて一面だけでもきちんとしたオフィス風にしようと思ったんです。

東端:日本の場合、これまで家は「閉じた場所」だったので、それを他人に見せるという発想がなかったのかもしれません。リモートワークが普及した今、営業職の方などが自宅で仕事をするなら、背景も含めて適切な空間をセッティングしたいというニーズは増えそうですね。

ちきりん:自宅で仕事をすることを想定していなかったご家庭では、トラブルも発生しています。共働きのご夫婦からは、リモート会議で声がかぶってしまうという話を聞きますね。専業主婦の方からも、夫がリビングで仕事をしているので、のんびりテレビを見ることもできないというお悩みを聞きました。個室ブース的なものはあったほうがいいですよね。

東端:そうですね。今、建てている最中の家でも、リビングの一角に簡単なパーティションを設けて、仕事ができるスペースをつくったりしています。あるいは、いずれ子ども部屋にしようと思っていたスペースや、趣味のアウトドア用品を置くために使っていた大きめの納戸などを、リモートワークのスペースに転用するケースも増えていますね。マルチパーパスな空間があると、ライフスタイルの変化にも対応しやすいと思います。

ちきりん:ずっと家の中で過ごすことを考えると、なるべく閉塞感を感じないようにしたいという要望もありそうですね。私自身は、もともと住まいに開放感は求めていなくて、自然を感じたくなったらしょっちゅう旅行に出かけていたんです。でもコロナになって、ずっと家にいろと言われると辛いなと感じました。

東端:家と外のあいだの「中間領域」をうまく利用して開放感を出す工夫は、つねづね必要だと思っていました。縁側、ルーフバルコニー、テラスなど、外に向かって開いていくような住まいなら、のびのび暮らせるのではないでしょうか。コロナとの戦いは長丁場。この状態が「標準」になってもやっていけるようなつくり方は、今後ますます求められるだろうと思います。

ちきりん流のワークスペースは「オフィス感」を重視

「オンライン会議の背景」専用の一角

こちらは、ちきりんさんのお宅の様子。革張りのソファの背後に外壁用のタイルを貼り、アートを配した「オンライン会議の背景」専用の一角。

オンライン会議の背景の反対側にあるベッド

反対側にはベッドがあるにもかかわらず、重厚感のあるオフィスの雰囲気を醸し出している。ワークデスクはキャスターつきで、家じゅうどこにでも移動可能。

ホテルのジュニアスイートをイメージした間取り

機能性を重視して「ホテルのジュニアスイート」をイメージした間取り。リビングとベッドルームが一体化していると冷房が1台ですむので、光熱費の節約にもなっている。

「使う人」の目線で家事動線を工夫する

東端:コロナをきっかけに、家事に参加する男性も増えましたね。おかげで、家事の大変さに気づいた男性も多いと聞きます。

ちきりん:家を建てるときに「家事のしやすさ」を意識する人はますます増えそうですね。私自身、自宅をリフォームした経験から、家事動線を自分仕様にカスタマイズすると、家事の時間が圧倒的に短縮されることを痛感しています。

東端:どのような部分をカスタマイズされましたか?

ちきりん:たとえば洗面所ですね。私の場合、基本的に着替えは洗面所でしかしないので、ベッドルームにクローゼットがある必要がないんです。そこで、クローゼットを洗面所につくっちゃったんですよ。洗濯して、乾燥機で乾かしたら、すぐ隣のクローゼットにしまう。それを、お風呂から上がったらすぐに着る。今では「洗濯物を持ち歩く」という概念がなくなりました。

東端:以前、3人のお子さんがいるお宅を、まさに同じ発想でつくったことがあります。お子さんが多いご家庭では1日に何回も洗濯するので、家事動線の効率化は必須ですよね。最近では24時間換気システムが標準ですから、換気をしっかりしていれば、お風呂場もカラッとしています。洗面所にクローゼットをつくるのは、大いにアリなのではないでしょうか。

ちきりん:キッチンも、私は調理家電を愛用していて、逆に火はほとんど使わないので、1口のガスコンロにこだわりました。おかげで、掃除が本当にラクになりましたね。家事を効率化するなら、これくらい極端に自分のスタイルに寄せてもいいと思います。もし、掃除・洗濯は妻で、料理は夫といった「役割分担」ができているのなら、本当はそれぞれが自分の「持ち場」を使いやすいようにデザインするのがいいですよね。

東端:そうですね。夫がメインで料理をされるのなら、キッチンのカウンターも標準的な高さではなく、夫の背丈に合わせたほうが使いやすいでしょう。実際に使う人が「使って楽しい」空間であればいいなと思いますね。

ちきりん流の家事動線。暮らしやすさをアップする工夫の数々に注目

クロゼットを洗面所に併設

ちきりんさんのお宅では、部屋着から下着まで収納できるクローゼットを洗面所に併設。洗濯から着替えまでが、すべてこのスペースで完結する。

玄関の両脇には大型収納庫を設置

玄関の両脇には大型収納庫を設置。コート、出張用のスーツケース、マリングッズなど「外用」のアイテムはすべてここに収納できるので、部屋の奥まで持ち込む手間が解消。

このエントランスホールは、約4畳半の広さがある。リビングのデスクを移動すれば打ち合わせのスペースに変身。「玄関を玄関だけに使うのはもったいない!」(ちきりんさん)。

「10年ごとにリセット」するつもりで住まいを考える

ちきりん:私がつねづね思っているのは、住まいというのは10年単位でリセットするくらいの感覚でいるのがよいのではないかということなんです。10年経てば、いろいろなことが劇的に変わります。

子育てひとつ取っても「0~10歳」と「10~20歳」ではまったく違う。あるいは、サラリーマンが自営業に転身して働き方が変われば、それに適したワークスペースも必要になるでしょう。さらに、年齢を重ねれば足腰が弱っても動きやすいような工夫が必要になってくる。これだけニーズが変わるのであれば、ロングタームの視点が欠かせないと思います。

東端:まったく同感です。新しく家を建てるときに、まだお子さんが生まれてもいない段階で、子ども部屋を2つも用意しようとする方がいらっしゃったりするのですが、結局は物置になってしまう。それならば、最初から部屋をつくるのではなく、「いずれは部屋にしてもいい」くらいのつもりでスペースをあけておいたほうが、使い勝手の幅が広がるでしょうね。

ちきりん:家って「建てたら終わり」ではないんですよね。長く住むうちには、屋根や外壁のメンテナンスも必要ですし、給湯器や浴室乾燥機なども、一般的には10~15年スパンで取り替えなくてはならない。どうせメンテナンスしなくてはならないのなら、そのタイミングでいろいろ手を入れるつもりで、現状は今の生活にジャストフィットした形にする。それが、住みやすさのポイントになるのではないでしょうか。

ちきりんさん(社会派ブロガー)

「お客さま相手の仕事を自宅でするなら、それなりの「空間」が必要ですね」ちきりんさん。

東端桐子さん(建築家)

「家事をする人が使って楽しい空間を意識したい」東端さん。

東端さんの自宅兼アトリエ

対談が行われた東端さんの自宅兼アトリエ。夫の実家を一部減築し、離れとして増設。建設面積は小さいが、建物は半地下を含む3層構造。間仕切りがないため、内部はかなり開放的。

●ちきりんさん
バブル期に証券会社に就職し、米国への大学院留学を経て、外資系企業に勤務。2011年から文筆活動に専念。『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』(ダイヤモンド社)ほか著書多数

●東端桐子さん
1971年京都府生まれ。
1994年京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。篠原アトリエ、難波和彦+界工作舎勤務を経て、2003年にストレートデザインラボラトリーを設立

撮影/滝浦 哲(人物)・水谷綾子(ちきりん邸) ※情報は「住まいの設計2021年8月号」取材時のものです