長野県に暮らす前田さんは、地元のカラ松材を使って、シンプルな家を建てました。前田さんは江戸指物師の4代目、設計したのは建築家・田辺雄之さん。室内には、大テーブルやキッチン収納、飾り棚など、前田さんの作品がギャラリーのように置かれた空間です。指物師と建築家2人の感性が見事に融合した、前田さん家族のための唯一無二の家はこうしてでき上がりました。「カラ松の無垢材で家をつくろう!」
すべての画像を見る(全19枚)一見平屋のようで、実は2階建て
家が建つのは長野県松本市。松本城の北側で、旧開智学校のそばで、かつては武家屋敷が点在していた静かな住宅地に、凛とした白いシンプルな家が建っています。
短辺4間、長辺6間のシンプルな長方形にポッコリとドーマー(屋根から突き出した窓)が載っています。一見平屋のようですが、実は2階建てなのです。
2階建てにしては背が低いので、「ペッタンコハウス」という愛称があるそうです。この家は、柱も梁も、床も外壁も、地場のカラ松の無垢材を使用しています。しかし前田さんは最初から地産地消を家づくりを考えていたわけではなかったそうです。
限りある予算をやりくりしながらプランを練っているさなか、「このカラ松を使ったら」と、父の代からつきあいのある製材業者が声をかけてくれたのです。
タイミングよく、伐採したカラ松が保管されているとのこと。「よし、カラ松の無垢材で家をつくろう!」。地産地消で家をつくるという方向が定まりました。
間取りは家全体がほぼワンルームで広々。1階と2階も、大きな空間の中でつながっています。キッチンの上が2階なのです。
開放感と光を得るために、こんな工夫も。2階の階段回りの床はスチール製の角パイプでできたルーバーだから、屋根の上に設けたドーマーからの光が家全体に降り注ぎます。
そんな心地よい空間でくつろぐ前田さん夫妻。
大きな窓のある南側には川が流れていて、リビングの窓から川岸の緑を眺めることができるそうですよ。
江戸指物師の建主と幼馴染みの建築家がコラボ
前田さんが住宅の設計を依頼したのは、幼馴染みの建築家・田辺雄之さんでした。前田さんは現在長野・松本市在住、田辺さんは鎌倉市在住です。
ここで少し、前田さんが松本市に家を建てることになった経緯、そして田辺さんとの出会いに触れておきましょう。
前田さんは子ども時代は鎌倉に住んでいましたが、当時、前田家によく遊びに来ていたのが田辺さん(写真右)でした。
ところが、前田さんが9歳のとき、江戸指物師の3代目である父が移住を決意し、長野県の美ヶ原高原中腹にある三城という場所に住まい兼工房を移したのです。
いったん2人は離ればなれになりますが、長じて松本市内に土地を買い、家を建てることにした前田さん。設計を依頼したのは、建築家となった田辺さんだったのです。鎌倉と松本の距離を超えて、2人の家づくりが始まりました。
田辺さんが設計した木の香り漂う家には、前田さんが自作したレッドシダーの大テーブルも、祖父がつくった古い学習机も、存在感のある松本の古い家具も、ごく自然にそこに置かれています。
見回すと、いわゆる造り付け収納がありません。
キッチンのカウンター下のキャビネットも、前田さんの作品です。
スピーカーは修行時代、音楽好きの父といっしょに作ったもの。家全体が指物のギャラリーのようですね。
「どこまでが家で、どこまでが家具か。僕と彼の仕事の領域が分かれる。一緒にやってみて、とても勉強になりました」(前田さん)
家具以外にもまだまだあります。アルミ板をたたいてテクスチャーをつけた玄関ドア、ステンレス製の庇、郵便受けも、前田さんの受け持ち。包容力のある建築と技のある手仕事が、大きな空間で響き合っています。
ちなみに浴槽はこれから入れる予定。カラ松でつくって漆で仕上げる計画だそうです。浴室の壁は水に強い能登ヒバを使いました。
「信州の木を使う」プロジェクトを発足
信州にはカラ松林が多いけれど、伐採されても多くは集成材の材料になるとのこと。それはねじれが強くて使いづらいからなのですが、しかし、地元製材業者は優れた乾燥技術を確立しています。そんなカラ松の家に、建築家の田辺さんは予想外の普遍性を見いだしたといいます。
木を伐採するときの規格サイズは長さ4m。このサイズで骨組みをつくれば、木材の無駄が抑えられコストダウンができるというワケ。田辺さんはすべての柱が4m以下になるよう材料取りも工夫したそうです。
また1階の床を土台より下げ、最も長い材を必要とする棟の部分の通し柱を、土台の上端から梁下までを4mに抑えました。つまり平屋の建て方で2階建てをつくったことで高さも抑えられました。これが「ペッタンコハウス」なる愛称の由縁。
「木を伐採するときの規格サイズは長さが4m。このサイズの流通材だけで骨組みをつくればコストダウンにもつながります」(田辺さん)
「この家のシンプルな2層空間はどんな使い方もできますし、カラ松という素材も堅すぎず、軟らかすぎず、色もパイン材ほど白くないので建材にはちょうどいいですね」(田辺さん)
地元の林業関係者は、信州の木をもっと使おう、木を使う社会の仕組みをつくろうと、「ソマミチプロジェクト」を立ち上げました。もちろん前田さんもそのメンバーの一人です。
第1号の前田邸のあとに続く家が増えれば、豊富な山の木が町で生きることになります。
そうそう、杣道(ソマミチ)とは、昔から木こりが通った道のことをいうそうです。地元の山主、林業者、製材加工業者、設計者などが集まって、毎年ソマミチツアーを行っています。杣道を歩き、伐採の様子や乾燥炉など、林業の現場を体験できるそうです。
居間の隅に立ってわが家を見渡しながら、しみじみとつぶやく前田さん。「いい家だなあ……」。同じ言葉が二度、三度、前田さんの口からこぼれて、この家への愛着の深さが伝わってきました。
設計/田辺雄之建築設計事務所
家具/アトリエm4
撮影/伊藤美香子
※情報は「住まいの設計2016年9月号」取材時のものです。