Tさん夫妻は街より田舎を好み、以前から愛知県長久手市内の借家に住んで、名古屋に通勤する生活を続けていました。家を建てるにあたっての土地探しは自然に近いことを条件に、同じ長久手市内で見つけたのだといいます。その土地は南北に隣家が迫ってはいますが、西側には市街化調整区域の広大な緑地が広がっているというもの。「変わった家にしたい」「自然を最大限に取り込みたい」というTさん夫妻の要望は、どのような形で実現されたのでしょうか。
「変わった家にしたい」がいちばんの要望
隣家が迫る敷地の両端に2つの棟が壁のように建ち、その間を平屋がつないでいる家、それがTさん夫妻の住まいです。一般的な家とはちょっと変わった佇まいですね。
それは、「変わった家」にしたいという、デザイン事務所を営む夫の要望でした。
「型にはまらないインパクトのある家がいい、この予算と場所でどれだけおもしろい家ができるか提案してほしいとお願いしたんです」。
すべての画像を見る(全15枚)それを受けて、建築家の中渡瀬拡司さんは5~6案のプランを提出。その中から、「平面がH型で、いちばん変わっていた」プランを選んだのだそうです。
周囲は住宅地ですが、玄関から中に入ると、外からは想像もつかない景色が出現します。
中央の平屋部分にリビングダイニングがあり、全面開口の外には広いデッキが連続。その向こうに、市街化調整区域の手つかずの緑が広がっているのです。設計を中渡瀬さんに依頼したのは、次のような経緯がありました。家を建てるにあたり、今の土地以外に崖地も候補に挙げていたというご夫妻。
土地探しと同時に設計事務所探しも進めており、崖地に興味を示す建築家が多い中、ただひとり「やめたほうがいい」と助言してくれたのが中渡瀬さんだったのだといいます。
崖地は基礎に費用がかかるため、限られた予算だとそのぶん、建物にかけられるお金が減ってしまうと。中渡瀬さんのアドバイスに納得し、夫妻は結局、今の土地に決めました。
T邸にはこんな空間もあるんですよ。
南北の2つの棟の間、つまり平屋部分の上はルーフバルコニーとなっています。多目的に使える、どこかワクワクさせてくれる空間です。
室内面積の確保より、外を積極的に楽しみたい!
リビングの正面からデッキ越しに見る緑地はこんなふう。「ここに座ると雲の動きや雷の稲光、緑地の向こうに沈む夕日もよく見えます。春は桜がきれいだし、夏は緑が濃くなって、秋は落葉、冬は雪景色もいいんですよ」と夫。
隣地の緑は足元より遠望したほうが美しいため、中渡瀬さんはリビングの床を約60㎝下げて設計しました。「ソファに座ると、遠景の緑と空だけが見えるようになっています」と中渡瀬さん。さらに内と外の天井を同じ板張りにし、内と外の壁を白で統一。極力連続して見えるようにして一体感が感じられるようにしました。
奥行きの深いデッキは下り斜面に突き出すように設けられているので、すぐ下まで緑が迫っています。キッチンの窓からも、デッキ越しに借景の緑が楽しめますよ。
ちなみにキッチンは、リビングダイニングに生活感を出さずに落ち着きをもたらすため、独立させて北棟に配置しました。
スキップフロアが生み出す多様な場
床のレベル、天井の高さが変化に富んでいるのもこの家の特徴です。ラウンジピットのようなリビング、その数段上がったところにダイニングがあります。見える景色も違ってきます。
個室と水回りがまとまった両サイドの棟は、天井の高い吹き抜け空間。それぞれ別の階段があり、半階ずつ床レベルがずれたスキップフロアによって、多様なコーナーが生まれています。
よく見ると、寝室の床はそのまま延長し、書斎コーナーのデスクになっていたりするんです。遊び心にあふれていますね。
そして、工夫しているのが窓の開け方。
両側の棟の高窓が開閉できるだけでなく、湿気がこもりやすい洗面所の隅にもダイニングとの境に風抜きの窓(洗面台の右手に見える縦長の窓)を設けるなど、細かい配慮が光ります。また、扉がほとんどなく家じゅうがつながっているから、緑地で冷やされた空気を取り入れることで、暖まった空気が上へ抜けていきます。
「使い勝手より遊び心を重視した」(夫)といいますが、住み心地も決して悪くありません。
「住宅は作品ではなく住む人の生活の場だと思っているので、そのへんはわりと手堅いんです(笑)」と中渡瀬さん。
住みやすさも約束されているので安心ですね。
「街中の仕事場から家に帰ってくると、オンオフが切り替えられてホッとします」と、夫は最後に語ってくれました。
設計/CO2WORKS
撮影/川辺明伸
※情報は「住まいの設計11-12月号」取材時のものです