Aさん夫妻が鎌倉市内の自然豊かな敷地に新居を建ててから9年。その間に3人目の子どもも生まれ、一家はにぎやかな5人家族になりました。木と漆喰でつくられた住まいは、長い年月を経ていっそう味わいを増しています。夫妻の暮らしとともに、時を経た自然素材が醸し出す魅力を追ってみました。
子どもたちが走り回る住まいには普段着のラフな木を
すべての画像を見る(全11枚)すぐ裏手に自然豊かな山が迫るAさんの住まい。鳥の声が絶え間なく聞こえ、窓いっぱいに豊かな緑が広がって、最上階のテラスからは手を伸ばせば裏山の木々に届きそうなほど。
「初めて見たときは手つかずの緑がうわっと迫ってきて、すごい生命力だなと。でも、そこがよかったんです」と妻は振り返ります。
コンペで選んだ設計者は、建築家の伊藤寛さん。「ウソがない本物の素材を使いたい」という伊藤さんの言葉が、依頼の決め手になりました。
木と漆喰の空間に窓外のグリーンが映えるLDK
屋根の形がそのまま勾配天井に表れた開放感あふれる2階は、木と漆喰塗りのワンルーム。階段を挟んで東側にDKとワークスペース、西側に子どもたちのプレイスペースをレイアウトし、三兄弟がフロア全体をのびのび回遊できる動線になっています。
ところどころに見える間仕切り壁は杉板張りですが、一般的な縁甲板ではなく、あえて製材用の帯ノコで粗く挽いたままの材を採用。「子育て中の家族が暮らす家には、端正な材よりもカジュアルでラフな質感のほうがふさわしいから」と伊藤さん。その板壁も、長い年月の間にムラのないキツネ色に変化しています。砂入り漆喰仕上げの壁は、砂の粒子によって光の反射がやわらかくなり穏やかな質感に。
おおらかな空間の柱・梁やスケルトン階段は、三兄弟にとってジャングルジム感覚。ダイニングの通し柱を通って収納の上に上る遊びはお兄ちゃんを見て下の子も真似をするそうで、兄弟たちに長年にわたってもまれた柱は、心なしか角が丸みを帯びているようです。
当初は木の赤身の部分と白い部分がくっきり分かれていていましたが、太陽光を浴び、子どもたちの手足の脂で磨かれるうちにすっかり落ち着いた色に。近寄って見ると、三兄弟の背丈を鉛筆で刻んだ跡が残っていました。
木の家は、神経質にならず大らかに暮らせる
プレイスペースは、天井が高い部分と天井が低く落ち着けるテレビコーナーがひと続きになっています。子どもたちの成長に合わせて間仕切ることもできましたが、「僕も子どもたちもサ ッカーが大好きなので、部屋でボールを蹴ったりリフティングしたりできるよう広いままにしているんです。壁に向かって蹴ると怒られますけどね(笑)」と夫。
北向きの窓から緑を眺めるキッチンは、杉の無垢板キャビネットとステンレス板で造作。キャビネットや床に油が跳ねたときは、すぐ拭き取るようにしています。
元気いっぱいに駆け回る子どもたちを受け止めるサワラの床板は、木のやわらかい部分が削れて木目が浮き出ています。足触りが心地よく、子どもたちは帰宅すると冬でも素足になるのだそう。住み初めのころは目についたという床板のキズも、「慣れるとまったく気にならなくなりました」と妻。
「テーブルの食べこぼしの跡でさえ、無垢板の質感に馴染んで汚れに見えません。色や柄のように溶け込んで家族の暮らしの歴史になる、というか。木の家って大雑把でいい、神経質にならずに暮らせるのがいいところですね」と話してくれました。
設計/伊藤寛アトリエ
撮影/桑田瑞穂
※情報は「住まいの設計2018年9月号」取材時のものです