画廊と美術館での学芸員経験を持ち、現在は美術エッセイストとして活躍中の小笠原洋子さんは、高齢者向けの3DK団地でひとり暮らしをしています。持たないすっきり暮らしを心がける小笠原さんが、過去に手放してきたものについて教えてくれました。

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小笠原洋子
小笠原洋子さん
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74歳、持たない暮らし。私が手放してきた大きなもの

潔く手放してきたものの中で、いちばん存在感のあったのはタンスでしょう。120cmの幅があり、衣装ダンスとしては大きめのものでした。上下二つに分割でき、上段は両開きの扉つきで、中には衣類を掛けるレーンのついた一般的なタイプです。下段は二段構えの引き出しで、和服などが入りました。このタンスが、繰り返してきた私の引っ越し人生の一コマで、最終的には廃材となったのです。

●引っ越し先で入りきらなかったタンスを泣く泣く破壊

小さなアパートに入居した際、玄関からこのタンスが入らず、窓から入れようとしましたが、窓と外塀が接近しすぎていたために、ここからも入りませんでした。

玄関先で、タンスに手をかけて私を見ている引っ越し業者を待たせたまま、ずいぶん悩みましたが、「無料でどこかに廃棄してもらえますか?」と、とりあえず口にしてみました。すると、「待ってました」と言わんばかりうなずくや、その場で即、両扉をあけるが早いか、それを後ろ側へ思いっきりメリッ! バキバキーッと押しやって扉を壊し、あとは箱型の上下左右、バンバンバーンとバールで叩き、ビルの解体現場を見るかのような目もくらむような勢いで廃材にされたのです。

呆気にとられて見ているだけの私まで、知らずにこぶしを握って力んでいたらしく、タンスが木片の山と化したのを見届けてがっくり力が抜けたものです。

「下の引き出し部分だけは、部屋に入れていってね」。そう言うだけがやっとでした。

チェスト

今は、その残った引き出しの天部に、かつて立派な総構えだった上部の痕跡を残すために、一見チェスト風の居住まいでレースをかぶせています。今にして思えば、大きな洋服ダンスがなくなったおかげで、洋服を増やすことができなくなったことは、節約に大いに役立つ破壊事件となりました。

●大量の書籍も処分

手放すために、私がタンスよりも大量の涙を絞ったのは、書籍かもしれません。といっても、一掃した後の清々しさは、タンスも書籍も変わりなかったのです。私は、生涯に20回ほど引っ越しをくり返しましたが、10回目くらいのとき、大量書籍の段ボール詰め作業を放棄しました。その都度、手指をひどく傷めること、段ボールの積み重ねに腰を痛めることが大きな原因ではありますが、そうまでして、生涯書籍と連れ添って生きて行かねばならないのかということへの疑問があったからでした。これらすべての書籍に示された知識が、自分の内面と一致しているかのように錯覚してはいけないとも思ったのです。

わずかでも実になったものは、紙から心へとすでに移動しているはず。もし、もう一度読み返す必要があるからとっておくというのなら、書物積読という物質的な欲望でしかない。

いやいや、そんなことはないという大量の反撃を想定しても、私にとって、蔵書はもう無用だと判断したのです。実際、私が必要とする程度の再読なら、図書館を利用すればいいからです。

書斎

涙ぐんだのは、家族に買ってもらったものの廃棄でした。余裕のある家系でもないのに、親兄弟が私のために捻出して、買いそろえた百科事典や文学・美術全集などは、今や買いも売りもしなくなった代物となり、その上、転居時の荷造りにもっとも難儀な重さと大きさと冊数でした。それでもこれらを全部捨てるには、忍びないものがあったのです。しかし捨てました。現在残る本類は独学のための最低限の資料だけです。