作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。東京と愛媛で二拠点生活をしているという久美子さん。今回はその暮らしを選んだ理由と魅力についてつづってくれました。

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●私が二拠点生活を始めた理由

気がつけば人生の三分の一を東京で暮らしていた。作家という仕事は基本どこにいても書けるのだから、東京でなくてもいい。引っ越す理由がないというのもあるし、やっぱり東京が面白い街だからだとも思う。

四国にいた頃から書く内容が変わったかと言われると、そうでもない。数年前にフランスへ行ったとき、フランス風味の詩が書けることを期待してカフェテリアで日に日にノートを開いたが、できあがる詩はやっぱりどこまでも私だった。そう簡単に思考は変わらなかった。

そんな私が、今は愛媛と東京の二拠点で暮らし始めた。

私の家は農家で、子どもの頃から田んぼや畑の手伝いをしてきた。大学を卒業後、音楽をするために上京し東京のマンションで暮らした。上京しても農繁期にはなるべく実家に帰ったし、決して農業に悪いイメージはなかった。

東京という街に没頭した十数年も、様々なことに気づかせてくれるために必要な大切な時間だった。作家になって比較的時間がゆったりになってからは子どもの頃のような自給自足の生活の魅力に本当の意味で気づき、この連載でも紹介してきたような、都会でもできる自給自足をしてきた。これはこれで、とてもおもしろい実験だった。場所がどこであろうと、自給自足は可能だと分かった。
 

●愛媛の畑にいる暮らしも楽しい

畑仕事
春に向けてみんなと畑を耕した

2019年、仲間たちと愛媛に畑を持ち二拠点定住という暮らしをし始める。その矢先でコロナ禍に突入し、2020年、2021年と地元に帰れなくなってしまったが、2022年は2年越しでその計画が実行される年になりそうだ。昨年11月は1か月愛媛に帰り、12月は東京に戻り仕事をし、また今年の正月明けからの数週間を地元で畑をしながら過ごした。

ジャガイモを掘る
11月、ジャガイモを掘った

 

農業がにわかにブームになっていると聞いて、すごく納得する。コロナ前から感じていたこの感覚は全国各地で起こっていたんだ。人間が土を求め始めているんだな。コロナが流行し始めて、いよいよどこにも行けなくなったことで、さらに土を求める人が増えたのだろう。農業を本業にすることは難しくても、家庭菜園規模で土を触ることは人間の本能ではないだろうか。太陽と風を浴び、土を耕し、種をまき、作物を作り、食べるということ。それは、生きることの根幹だ。もう一度、そこに立ち返りたいと思う人が増えたことはとても自然な流れであると思う。

人間の行動が制限される中で、季節通りに芽を出す草花や農作物が心の拠り所になった人も多かったのではないか。密にならない畑という場所で体を動かし働くって、単純にとても気持ちのいいことだなとも思った。

あぜ道で食べるパン
母が作ってくれた黒糖蒸しパンをあぜ道で食べる

 

地元に帰って、新しく農業をはじめた方と話す機会があったが、親に言われてイヤイヤやっているのではなく、みんな口を揃えて「楽しい」と言う。

私も「楽しい」のだ。そりゃあしんどいこともあるし、爪の間に土が入っていつも黒いし、日に焼けたりもするけれど、今の私にとって必要な場所だ。畑を長靴で歩くときの土に吸い込まれるような感覚や、作物の育った喜びや、ただあぜ道に座って仲間とお茶を飲む時間のなんと贅沢で伸びやかなことだろうか。