作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、新型コロナウイルスの影響でさまざまなイベントが中止や延期になったりしている今、多くの人にとっての楽しみがなくなっています。そんな状況で久美子さんが思うことをつづってくれました。

第32回「今は今のために」

暮らしっく
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●誰にとっても楽しみは先延ばしにできない

秋は食も魅力的だが、ハロウィンや秋祭り、学園祭や運動会とイベントも盛りだくさんだ。今年は地元の秋祭りも中止になったそうだし、大規模なハロウィンパーティーもできないだろう。大学の学園祭もオンライン開催が多いと聞く。仕方ないけど、じゃあいつになったら…と学生にとっては切実だと思う。
先日、姉の三人の子どもたちとテレビ電話をした。三人とも会わなかった半年の間に大きくなったねえ。春以降、部屋の中での新しい遊びを自分たちで開発して、のびのびと楽しんでいるようだ。もう電話切るぞというくらい元気だった。

甥っ子が描いた運動会の絵
甥っ子が描いた運動会の絵

一番上の甥っ子は、運動会が楽しかったけど半日しかなくて残念だったと言った。真ん中の姪っ子は、弟の幼稚園の運動会で新一年生が走る競技に出ることを楽しみにしていたのになくなったと話した。幼稚園の先生や友達に会えるのを楽しみにしていたのだろう。

私は「まあ、来年が…」と言いかけて、今年しかないんだとハッとした。新一年生が走る競技ということは来年は走れないんだな。今この瞬間は今だけのものなんだ。今しか作れない記憶や思い出がある。大人以上に、子どもたちにとっての一年は大きい。
施設にいる90歳を過ぎた祖母にとっての一年もそうだ。私はもちろんずっと会えていないが、近くにいる母たちも半年間会えていなかったようだ。施設の駐車場から「おーい」って手を振ると、祖母も3階の窓を開けて手を振るという映画みたいなことをやっていたみたい。最近ようやく施設の入り口で少し立ち話ができるようになったそうだ。

「ずっと会ってなかったら、おばあちゃんぼんやりしてきてなかった?」と聞くと、
「いや、それが前よりしっかりしてるんよ。家族が行けんから自分で本読んだり施設の友達と喋ったりしたのが刺激になったのかな」と言う。

戦争の時代を生き抜いている人は逞しい。でも、いつ亡くなってもおかしくない年だから、会えないうちにそうなったらと考えたら辛すぎる。祖母よりも私の方がずっと後悔しそうだ。今という時間と感染の確率を天秤にかけるのは難しい。もう愛媛では大丈夫なんじゃないの? と思うけれど、施設の中で広がるとひとたまりもないもんなあ。これから空気も乾燥してウイルスがまた強くなるのではないかと心配する声も聞くし、お年寄りをあずかっているスタッフさんの気持ちを考えると悩ましい。

ときどき祖母と何てことない話をすることで癒やされたり安心したりしていたのだなと、会えなくなって気づく。何気ない雑談や、お祭りの賑わい、イベントの高揚感。そういうもので心がピッタリとあるべき場所に収まっていてくれたのだ。

●今この瞬間は未来のためだけにあるんじゃない。今も楽しんでほしい

ある大学から、学生が前向きになれるワークショップをしてほしいと頼まれた。私がよく開催している詩作のワークショップ等どうだろうかと。元気のない学生が多いと聞く。ずっと部屋にこもってリモートでの授業が続いているので、一日中アパートで過ごして外に出なくなってしまっていると。一年生の多くはまだ誰も友達ができてないままの状態が続いているそうだ。退学する子も増えたし、学生のうつも深刻化していると聞く。

私も殆ど家から出てない時期が長くてまいってしまっていた。そんな時期にみんなで詩を作るのはけっこうハードルが高いかもしれない。何がしたいかなと考える。ああ、メールじゃなくて雑談がしたいなあ。無理せずに、でも無理矢理にでも誰かと話した方がいい。それも、私くらい関係のない人で丁度いいのかもしれない。日常の他愛もない話をしたいし聞きたいと思った。うんうんと頷きたい。へーと驚きたい。笑いたい。それだけでいい。

空に飛行機

今が積み重なって未来が出来ている。けれども、今この瞬間は未来のためだけにあるんじゃない。この今は、今のためにあるはずだと、受験勉強に追い込まれて精神的にまいってしまった高三の冬に私は気づいた。そのことを今思い出す。もうずっと前の苦味を。「我慢したことが未来に繋がっていくんだ、将来何かの糧になるんだよ」と、大人たちは言ったが、そんなことはない。しんどさと苦味の記憶として残るだけだ。だから、この半年以上、ずっと辛抱してきた若い人たちの心が、あるべき場所にすとんと収まるように、そろそろ楽しむことに向かってほしい。我慢を一人で抱え込まないでほしい。学生とのイベントがそんな時間になるといいなあと思っている。

楽しむことを諦めないでほしい。

こういう状況だからこそ、今日を今日のために。

その今があってこそ未来は良い方へと導かれるのだと思う。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著に、詩画集

「今夜 凶暴だから わたし」

(ちいさいミシマ社)、絵本

『あしたが きらいな うさぎ』

(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集

「いっぴき」

(ちくま文庫)、絵本

「赤い金魚と赤いとうがらし」

(ミルブックス)など。翻訳絵本

「おかあさんはね」

(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:

んふふのふ