作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回つづってくれたのは、新型コロナウィルスの2か月に渡った自粛生活を経て気づいたことです。

第20回「変わること、変わらないこと。」

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●引きこもってみてわかった、私にとって大事なもの

2か月。これほど家から出ない暮らしは人生で初だった。書くという仕事に関してはあまり支障はなかったけれど、出演予定だったライブやイベントが軒並み延期や中止になってしまい、ぽっかりと時間ができた。最初の2週間くらいは寝ていても悪夢にうなされ、寝汗びっしょりで起きて「ま、まさか微熱?」と不安になったり、お世話になったお店が閉店すると知り、なにもできない不甲斐なさに落ち込んだりと、不安定な日々だった。

でも、1か月もするとすっかり外に出ない生活に慣れてしまった。というより、医療現場で闘ってくれている人のためにも、私にできることは家生活を続行することだけだと腹をくくったのだった。だれも経験したことがなく手探りの状況なのだから、それぞれに最善をつくすしかない。帰省予定だった飛行機のチケットもキャンセルして、書く以外は掃除をしたり料理をしたりして過ごした。打ち合わせも電話やリモートで問題ないことに気づいてしまった。その時間をのんびり過ごす時間にあてるのは全然悪いことじゃない。久々にギターを弾いて歌ったり読書したり。

4月後半に入ると友人とZoom飲み会なるものをできるまでに、引きこもり生活上級者になっていった。でも、やってみて思った。やっぱり会う方が断然楽しい。配信ライブを見ては、会場で音圧を浴びたい気持ちがむくむく湧いてくる。当たり前だ。大事なものがくっきりと見えた2か月だった。

●食に携わる人に改めて感謝をする日々

タケノコ
実家から送ってもらったタケノコ

母と妹が心配して愛媛からタケノコや野菜、米などを頻繁に送ってくれた。

農業ってすごいな、どんだけ化学が進歩しても人間て食べ物がないと生きていけないもんな。農業や酪農、養鶏、畜産、漁業といった、食に携わる人たちの存在。スーパーに毎日食材やトイレットペーパーが並ぶのが当たり前ではないこと。もし配送がストップしていたらと考えるとぞっとした。私たちの見えない場所で働いてくれる方々に感謝する日々だった。
そして東京がいかに脆弱な場所であるかも考えさせられた。トイレットペーパーならまだなんとかなるが、食品がスーパーから消えた3月後半は、本当に危機感を覚えた。自分の暮らしを根底から見つめ直す機会でもあった。

●人と会えない分、相手を想うことが増えた

だれにも会わない2か月。近所からは、ピアノやトランペットの音が聴こえてきて、不思議と一人じゃないんだと思えた。それぞれが家生活を有意義に過ごそうとしていた。Zoomでイベントを開催したとき「人と話をしたのが1か月ぶりでうれしいです」という声もあった。うん、私も同じだ。人と話すのがうれしい。ひょっとしたら、このまま引きこもり生活でいけるかもと思っていたけど、いろんな人の顔を見て思った。今まで会ってきた人との思い出があるから頑張ることができたのかも。会えない分、想うことが増えた。平安時代ってこんな感じだったのかな。

空

太陽や空を、懐かしいと思ったのも初めての感覚かもしれない。久々に散歩したときの青空、胸がきゅんとした。ベランダで見る数分間の月がとても愛おしかった。やっぱり平安時代みたいに月を見て遠くの友人や家族を想った。西日本に住む友達が、「喘息が少しラクになった」と言っていて、空がこんなにクリアに見えるのは私の感覚だけではなかったみたい。実際にPM2.5の数値が下がっているというデータも出ている。地球は今の状態を喜んでいるのだろうと思うと、複雑な気分だった。

●日本人にとって食が暮らしの真ん中にあることを再確認

うどや菜の花料理など
うどや菜の花料理など

気がつけば私のTwitterは料理の写真ばっかりだ。ほかの人のも食べ物ばっかり! だって、楽しみといったらそれくらいしかないものねえ。
4/10誕生日。ケーキを買いにいけないので、初の

クレープ誕生日

をしたら案外と楽しい。さまざまな工夫をして過ごすことが苦にならなくなっていた。

ホットッケーキやスコーンそれから夏ミカンピールや、パンやカステラも焼いてみたり、普段ならやらない時間のかかる料理にも挑戦した。

焼いたカステラ
焼いたカステラ

無心になって手を動かす、なにかを創作するというのは、もはや心の癒やしだった。スーパーが混雑していたのも仕方のないことだ。やっぱり日本人にとって食が暮らしの真ん中にあるということを再確認した日々だった。

●2か月で新しい気づきはたくさんあった

4月半ばから、近所で縄跳びブームが到来。配送の車以外は通らなくなった小道のあっちでもこっちでもビュンビュンという鋭い二重跳びの音が響き渡る。私も間違いなく太ってきている…ということで二重跳びにチャレンジ。最高20回まで跳んだ! まだいけるじゃないかと思ったのもつかの間、翌日には案の定筋肉痛で、控えめに跳ぶことにした。ソーシャルディスタンスを取りながら、近所の方たちと道で縄跳びに励む日々。「ゆうびんやさん、ハガキが5枚落ちました。拾ってあげましょ1枚、2枚~」と、昭和の懐かしい歌が聞こえてくる。

裏庭で取れたどくだみの葉
裏庭で取れたどくだみの葉

裏庭にどくだみの葉がみっちり生えていることにも気づいた。干してどくだみ茶にしようと、せっせと取っていると、隣の小学一年生の男の子も真似して、「くっさーい」と言いながら自分の家のどくだみをむしり始めた。「洗って、カゴに干しておくとお茶にできるよ」と教えてあげると、家からザルを出してきて軒先に干している。一週間後また外で会ったとき「どくだみ、どうなった?」と聞くと「風で半分飛んじゃって」とお母さんと笑っている。残ったのはお茶として飲んだかな。

ゴミ出しのとき近所の方たちと会う一瞬、空の美しさや、野の花の芽吹き、食への感謝、会いたい人…。新しい気づきがたくさんあった。その気づきは人間の根っこに近いものだった。そうか、自分と向き合った2か月だったんだなと思った。今何を選んでどう生きるか、なにが大切か、これからどう生きていくのか。後回しにしていたことやぼやけていたものの輪郭がくっきりした。

夏が始まるころには、元に戻るだろうか。いや戻るんじゃない、それぞれの思いが新しい形になって進んでいくといいな。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集

「いっぴき」

(ちくま文庫)、絵本

「赤い金魚と赤いとうがらし」

(ミルブックス)など。翻訳絵本

「おかあさんはね」

(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。新刊の詩画集

「今夜 凶暴だから わたし」

(ちいさいミシマ社)が発売中。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。サイン入り詩画集の予約やトークイベントなどの情報は公式HP:

んふふのふ