昨年の豪雨で生き残ったミカンの木
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当時、とくにミカンでは自然栽培がまだ珍しかった。いちばん問題なのは見た目がやんちゃになるので地元での販売は無理だということ。手塩にかけて育てても、すべてほかのミカンと同じように仰天する安価でジュースに出されていった時代が長かった。この十数年で、自然であることを重要視してくれる社会に大分シフトチェンジしてきたように思う。なにより、うちのミカンを食べた人はみんな驚く。え? これミカン? 野性味があってなんて濃厚なんだろうと。

ただ、ミカンの木の寿命は60年くらいと言われていて、樹齢65年を超えた老木は環境の変化に弱い。昨年夏に続いた豪雨で木々の半分くらいが枯れてしまった。秋になり、夕日の中で侍のように静かに朽ちているその姿はなかなかに勇ましいものだった。若かりし日の祖父や父や私たちを見てきてくれた木の人生の最後を見届けた。

生き残ったものも、焼けただれたような真っ黒い実をたくさんつけ、これはもう全滅かと思われた。しかし、今年見事に美しい赤い実をつけているではないか!!! 自然の力、治癒力には驚かされる。私たちはそういうものから恩恵を受けて生きている。兼業農家の小規模な農園は高齢化でどんどんと離農が進み、周辺の果樹たちにはツタがぐるぐる巻になって、そうなると数年で朽ち果てていく。悲しい光景だがそれも自然なことなのだろうと思うようになった。

●みかんは人間と同じく個性的で、いろんな味があっていい

みかんは人間と同じく個性的

作物は農家の名刺だ。老木を切って、人気の柑橘に植え替えることもできるけれど、祖父の植えたミカンの木が一本、また一本と土に帰るまで見届けたい。実の数は随分減ってきたのに、とても味わい深くなっていく。甘いだけではない。酸っぱいだけでもない。人間と同じだなあと思う。

ちなみに、私は見たら大体どのミカンがおいしいかわかる。まず平ぺったい楕円形で、小ぶりであること。じつは大きいものより拳で握れるくらい小さい方が味が濃い。そして成り口(ヘタ)の直径が小さいこと。あとは艶がありオレンジが均等であることかな。でもまあ、人間と同じでどれも全部同じ味でなくてもいいじゃないかと思う。たまに、酸っぱい! っていう尖ったやつや、水っぽい、ぽやーんとしたやつもいて、それも個性だ。葉っぱの影になったり、枝の先端と奥、風の当たる量、いろんな住処で生きているのだから当たり前のこと。そこまでを矯正しようとは思わない。しゃべらずとも、私たちに言ってくる。一生懸命にここに生きているんだから、それでいいでしょう、と。

わが家のミカンは市場に出回ることはなく、全国の友人、知人たちだけへ販売されて終了だが、ぜひこの季節はいろんな果物を楽しんでほしい。それが日本の台所を担う農家さんへの最大のエールになる。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集

「いっぴき」

(ちくま文庫)、絵本

「赤い金魚と赤いとうがらし」

(ミルブックス)など。翻訳絵本

「おかあさんはね」

(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。高橋久美子さんの作詞教室やイベント情報は公式HP:

んふふのふ

高橋さんのエッセイ集

『捨てられない物』

は、

高橋さんのHP

にて発売。