自閉症の動物画家としてフランスの美術展でも受賞し、活躍する石村嘉成さん(27歳)。手のつけけられない重度の自閉症だった彼を辛抱強く育てた母親有希子さん(享年40歳)の遺志を継いで、父親の和徳さんが息子と歩んできた道のりが一冊の本になりました。どのように歩んできたのでしょうか?『
自閉症の画家が世界に羽ばたくまで』(扶桑社刊)を、エッセイストの石黒由紀子さんがご紹介します。
すべての画像を見る(全7枚)自閉症の画家、幼き頃の母の死後に父と歩んできた道のり
「ヨシくんが暴れん坊じゃなくなったのは、やっぱりゆきちゃんが亡くなってからじゃ。あの変貌ぶりはゆきちゃんが乗り移ったとしか思えん」
そう呟いたのは父・和徳さんの母、同居する嘉成くんのおばあちゃん。和徳さんも「非科学的な考えではありますが、私も同感です」。有希子さんの旅立ちをどう受け止めていたのかはわかりませんが、嘉成くんの様子は次第に変化し落ちつきを見せるようになってきました。
●父と息子の二人三脚
小学校高学年、運動会の季節にはラップの芯をバトンがわりにしてリレーの特訓、中学生になったら高校受験に備えて、毎晩3~4時間も数学の計算問題を徹底的に。和徳さんは何事も一生懸命に向き合い、嘉成くんもがんばりました。
――あるとき、妻に話しかけようと仏壇の前に行くと、小さな四角いダンボール紙がたてかけられていました。そこに書かれていたのは嘉成の字で『笑って過ごそう』。これは私へのメッセージでした。おそらく、受験勉強を強いる私が鬼のように怖かったのでしょう――(本文より)
和徳さんが嘉成くん受験にどれだけ立ち向かっていたのか、想像できるようなエピソード。努力の甲斐あり受験はみごと合格。高校生活がはじまると嘉成くんは自転車通学となり、付き添う和徳さんはここでも徹底的。家から学校まで自転車を併走して送っていき、自宅へ戻る。そして仕事をして、夕方の下校時間に合わせてまた自転車で迎えに行き、一緒に帰る。つまり、嘉成くんは高校まで毎日1往復ですが、和徳さんは2往復。雨の日も風の日も。そして、3年間無遅刻無欠席! この父子サイクリングは、高校を卒業し10年経った今でも続いていて、ふたりの趣味のひとつになっているそうです。
●美術の授業で制作した版画が入選
高校3年のとき、選択できる授業がありました。商業高校だったので「簿記」や「パソコン」などがある中、嘉成くんは「絵画」を選択しました。「勉強が苦手なので、授業中に絵を描いていればいいから」くらいの気持ちでのこと。
画家への道がここから拓かれていきました。2学期には版画をやってみることになり、できた作品を文化祭で飾ると、先生やクラスメイトが驚きました。「できんことだらけの嘉成くんが傑作を生み出した」。
タイトルは「友達のワンダーランド」。色鮮やかな背景に、カマキリやアリが生き生きと躍動する作品です。これは愛媛県のデザイン学校主催の作品展に出品され、みごと入選。愛媛県美術館に展示されました。
そして、全校集会で壇上に上がり表彰された嘉成くんは「なんだか知らないけれど、みんながぼくの作品のことで喜んでいるぞ!」と、以来、虫や動物の絵をたくさん描くようになりました。高校卒業後には、フランスの第2回新エコールドパリ浮世・絵展 ドローイング部門で優秀賞を受賞、地元で初の個展も開催されました。
●画家・石村嘉成の目を培った母の愛
嘉成くんは幼い頃から動物が好きで、それを見抜いたのは有希子さん。自宅から車で1時間ほどの「とべ動物園」に連れて行くと、人が変わったように落ち着いて動物をじっと見ている。動物とよく目が合い、なんだか意志の疎通も図れていたようだったと。そこで、テレビや図鑑、絵本などでも動物に触れる機会を与え続けていたそうです。そうした経験が蓄積されて熟成し、独特のタッチで動物を描く画家・石村嘉成が誕生しました。
嘉成くんの作品を見た多くの人が感心するのは「動物の目」。それは、何かを訴えているような、静かに深く熱い、真剣なまなざし。私はまだ、嘉成くんの作品を実際に見たことがないのですが、誌面や画面からでも眺めていると、謙虚な真摯な気持ちが湧いてきます。
これまでの嘉成くんとご両親の日々は苦難の連続のように読み取れますが、失敗は失敗ではなく、すべて成功への途中です。今の和徳さんと嘉成くんを見れば「人生、無駄なことはなにひとつない」と思えます。大変だったひとつひとつが、やがて大きな実を結ぶ。そして有希子さんの療育は、確実に嘉成くんの中に生き続けています。
●子どもとの向き合い方の参考になれば
嘉成くんの画家としての将来はもちろん、「自閉症児や障がいを持つアーティストがもっと正当に評価される世の中に」を目指す和徳さんの活動がこれからも楽しみです。「あとがき」にもありましたが「自閉症児の療育はできるだけ早い時期からはじめたほうがいい」そうです。「脳がやわらかいうちに」との理由からですが、これはだれにでもあてはまることではないでしょうか。「子どもとの向き合いかたについて、多くの人に知ってほしい」そう願った有希子さんの想いが、この本を通してたくさんの方に届くといいなと思います。
『
自閉症の画家が世界に羽ばたくまで』は、天才画家ができるまで、と、療育と子育てについて書かれた本ではありますが、むしろ、家族の愛情物語というふうにしみ込んできました。
【石黒由紀子さん】
エッセイスト。栃木県生まれ。女性誌や愛犬誌、webに、犬猫グッズ、本のリコメンドを執筆。楽しみは、散歩、旅、おいしいお酒とごはん、音楽。著書に『
豆柴センパイと捨て猫コウハイ』、『
犬猫姉弟センパイとコウハイ』(幻冬舎)他多数