女性の11人にひとりが乳がんに罹患すると言われる日本において、乳がんは決して他人事ではありません。恋人や配偶者が重い病気になると、そのパートナーが身も心も尽くして支え、2人で病気を乗り越える…という献身的介護がイメージされますが、実際にはがんをきっかけに別れてしまう夫婦、カップルは少なくないのだそうです。

がん離婚

写真はイメージです

しんどい現実にあがいている妻と、その力になれない夫

『彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか』

(幻冬舎刊)、

『女子と乳がん』

(扶桑社刊)の著者で、29歳で乳がんに罹患した松さや香さんも、闘病中に、結婚を考えていた恋人が1年にわたって浮気していたことを知ります。しかもそれを知ったのは、浮気相手に「彼と別れて」と乗り込まれたためでした。そんな松さんは、若年性がんサバイバーとしての生活を続けながら、執筆のために、自身と同じように乳がんに罹患した女性たちと対面し、その胸の内を聞いて回りました。どのような事例があったのか、紹介していただきました。

●百合子さん(仮名)の場合
50ミリを超える腫瘍を切除する手術で、胸を大きくえぐられる

抗がん剤で代謝が下がり、ホルモン剤で生理は止まり、むちむちと体が脂肪をため込む…。これと同時に、薬の影響で性欲が激減。そうこうするうち、「セックスレス」が、百合子さん夫妻にも近寄ってきたそうです。
「一切の欲が起きなくて、薬の影響だって頭ではわかっているけれど、今それをどう相手に説明すればいいのかもわからないまま、胸を見られたくない気持ちも手伝ってあっという間にレス突入、からの夫の浮気です」と告白した百合子さん。夫は、結婚していることを隠して参加した合コンで出会った女性と、密会するようになりました。
「がんで、レスで、浮気までされて、それこそ絶望したけれど、なんとか再構築しようと試みました。好きだったから。だけど夫は『百合子の乳がんがわかったのは、入籍からたった5か月後だった。もしかしたら入籍前からわかっていたのに、僕が逃げないように黙って入籍したんじゃないか』って言ったんですよ」
百合子さんはそう、松さんに語りました。

●アチさんの場合
結婚して5年、32歳のとき乳がんを告知される

しこりが見つかって、抗がん剤、外科手術、放射線治療が終わった直後に夫がアチさんに放った言葉。それは、「もう無理だから別れよう」。
「自分以上にことの次第を受け止めきれずにいるのは理解できます。でも、逃げたい気持ちが透けて見えるから、言われた方は傷ついてしまいます。こういったことを伝える人に対し、世間は妙にわけ知り顔で『それは病気以前から2人に問題があったのでは?』と突き放しがち。それに反して逆境を乗り越え結ばれていく2人の話や、病気を機に結婚したエピソードが『病気が2人の絆を深めた!』『うつくしーい!』と賞賛されるのもきわめて妙な話です」
結局、アチさんは離婚に至ります。別れるのは病気のせいではなくて性格の不一致と、何度も言われたそう。

「当事者のなかにいると、離婚や別離、または不和が生じたという話はとてもよく聞きます」と松さんは言います。
「がんは告知された本人だけでなく、周囲の人にも影響がある病気です。天災や事故などのアクシデントを前に『変化が起きること』は一般的のはずなのに、社会には『看病や介護は愛情を基に無償で提供されるべきもの』という妄想が氾濫しています。
長い治療生活にお金や気遣いが欠けると、息切れするのは人間ですから当然ですが、蔓延する美談のイメージに、患者も『こんなにつらいのに大切にされない。テレビと違う』、家族も『かわいそうなのは本人なのに支えられない自分が悪い』と振り回されてしまうのです」

松さんは続けて、『女子と乳がん』を執筆した理由を話してくれました。
「じつは、今回当事者の方にお話をうかがって本に収録させていただいたのは、テレビや誌面で報道される乳がんにまつわるニュースが、あまりにも一方的で腹立たしかったことが理由のひとつです。約11人に1人が乳がんになる時代です。小学生の算数でもその患者数は計算できるはずなのに、多様性を欠いたステレオタイプのお話ばかりでうんざりでした。また、世の中にはがんの本がたくさんありますが、愛と感謝の闘病川柳とか、プロポーズだとかなんだとか、まったく役に立ちませんでした。いち患者としてはお金や治療、仕事の具体例をいちばん知りたいのに、世の中にあふれているのは『治療の過程』をすっ飛ばして、『家族に感謝』などのわかりやすい結果だけ。単純に『なんで?』と思いました」

たいていの人は最初にがんになったとき、どうしていいかわからず戸惑います。その戸惑いから多くのミスジャッジや後悔を生むこともあります。
「『あのときこうしていれば』という反省は、恋愛ならそのあとの人生で生かせる機会があるかもしれませんが、大病の闘病では人生で1度あるかないか。他人のケースからリスクヘッジと心構えをしてほしい気持ちで『失敗談』にこだわりました」

そう語ってくれた松さんの著書ですが、じつは病気の本とは思えないほど、爆笑必至の部分もたくさん。「自分には関係ないから…」と思っている人こそ、読んだら目からウロコが落ちること間違いなしの一冊です。