以前暮らしていた分譲住宅が手狭になり、土地探しから家づくりを開始したYさん夫妻。設計を手掛けた松本直子建築設計事務所の松本直子さんには「建てるならベストのものを」とリクエストしたそうです。その結果、木や和紙、左官壁といった伝統的な素材を使いながらも、斬新な発想と素材選びで、来客にも家族にも心地よい住まいが完成。Y邸を入ると、まず1階の土間に目を奪われます。土間はヘリンボーン模様に組まれた草木染めフローリング張り。奥には小上がりの和室があり、ここは土間とも自然と一体化した空間。小上がりに座って外を眺めれば、玄関脇の坪庭の緑が目を楽しませてくれます。和室は客間としても利用しているそうです。
すべての画像を見る(全15枚)ゲストも家族も心安らぐ非日常的空間
夫妻の要望だった客間は、「ゲストが目で見て楽しめる非日常空間にしつらえました」と松本さん。伝統的な和のスタイルながら幾何学模様の障子が淡い光を放つ不思議な空間。土間の天井は陰影のある空間に溶け込み、客間の雰囲気にも合うようにと、色と光沢が美しい幅広のイロコ材を選択しました。
客間の吊り押し入れの襖紙は東京松屋でオーダー。反射した坪庭のシルエットが映り込んで幻想的。
天井は網代張りに。杉の薄板を編んだ手仕事の美しさはまさに日本の職人芸の趣です。
南北に細長い敷地の特徴を最大限に生かす
Yさん夫妻が購入した土地は間口約6.5m、奥行き20mほどの南北に細長い敷地。北側には川沿いの遊歩道に面した小さな緑地があり、南側は前面道路。南北2方向から採光・通風ができ、視線が両側に抜ける点が気に入りました。また、東西の隣家も道路からかなり後退した位置に建っているため、抜けがあります。
道路に面した側は、建物の細長さが目立たないようシルバーのガルバリウム鋼板とベージュの左官壁の組み合わせに。プライバシーを考えてデッキ全体を目隠し壁で囲み、地植えの植栽を楽しめるように設計。
自転車置き場(写真左)と玄関ポーチ。右端はカーテンがない1階土間の目隠しを兼ねた坪庭。生活感が表れがちなバックヤードも格子戸で美しくデザインしています。
土間へ続く玄関ホールの格子戸。光や風、視線が抜ける繊細なつくりで、閉めていてもほのかに土間の気配を感じさせます。
2階デッキへ枝を伸ばす坪庭のヒメシャラ。吹き抜けは1階土間に光を届けてくれます。
南北2方向に視線が抜け、採光・通風も抜群
2階は南側に水回り、フロア中央にリビング、北側にはDKと妻の仕事場を兼ねたワークスペースを配置。北側の空にも視線が抜け、空と緑の眺めが楽しい、プライバシーと開放感を両立させた空間です。ウッディになりがちな空間に黒いスチール階段を合わせて引き締めました。「週末に家族が2階にいてもそれぞれの居場所で過ごせるし、離れていても気配が伝わる。望んでいたのはこんな空間です」(夫)。
南側デッキ越しに緑と空が見える2階のリビング。床板のオニグルミは木目が穏やかで次第に艶が出てくるそうです。市場にほとんど流通しないため、伐採時期に合わせて丸太を確保し、床暖房用の含水率になるよう乾燥具合もオーダー。根太表しの天井の左端はアカ松の太鼓梁に。漆喰壁との間に設けた吹き抜けには朝日が降り注ぎます。
木の色のトーンを揃え、洗練された美しい空間に
キッチンはシンクをアイランド側に、IH調理器を壁側に組み込み、ワークトップは厚さ4㎜のステンレス板を採用。妻のこだわりでキズや水シミが目立たないバイブレーション仕上げにしました。キッチンの扉材は木目の美しいカバ桜。
専門職である妻の仕事場を兼ねたワークスペース。収納で間仕切り、DKへ回遊できる動線にしています。オニグルミの三角スツールは福島・南会津の材木店「オグラ」で製作。妻は「仕事と子育て、家事を両立させる大変さを知る松本さんに共感しました。それも設計を依頼した理由のひとつ」といいます。
洗面所のナラ材のカウンターはスプーンでえぐったような名栗仕上げ。無垢材専門メーカーのマルホンで調達しました。
浴室は「木のお風呂がいい」という夫の要望で、壁・天井は水に強く香り高い青森ヒバ板張りに。石風サーモタイルとも好相性です。
階段の踏み板はオニグルミ。感触がやわらかで木に含まれる脂分により艶が出てくるのが特徴です。写真右側の直径30㎜の握りやすい木製手すりは松本さんのオリジナルデザイン。
「昔から木の家に馴染みがあり、こだわりをかなえてくれる上質な家を建築家とつくりたかった」と夫。南会津の森から伐り出されたオニグルミのフローリングについて妻は、「以前の家の固い床板とは感触が全然違う。素足だとやわらかさがじかに感じられて気持ちいいですね」とうれしそうに話しました。
設計/松本直子建築設計事務所
プロデュース/ザ・ハウス
撮影/伊藤美香子、小川重雄
取材/安藤陽子
※情報は「住まいの設計2018.09月号」掲載時のものです。