ペットの柴犬の写真をツイッターに投稿し続け、その自然体のかわいさが人気となっている
@inu_10kg。ESSEonlineでは、飼い主で写真家の北田瑞絵さんが、「犬」と家族の日々をつづっていきます。
第34回は、犬が予防接種を受けたり、お母さんが入院したり、家族の健康について考えます。
予防接種は過酷。しょんぼりした犬の姿に…
すべての画像を見る(全23枚)人と同じように犬も予防接種を受けるが、それは過酷な時間である。
今年2月にフィラリアの予防接種を受けたときは、私は仕事を早引きして病院の駐車場で母と犬がやってくるのを待っていた。ふたりはほどなくして軽トラでやってきたが、犬にしたら外出先に私がいると思っていなかったのだろう、目をさらに丸くして驚いていた。
助手席に乗り込み犬と朝ぶりの再会を喜んでいたら隣で母が呆れたように「瑞絵よかったなぁ、外で会ってもちゃんと認識してもらって。近づく前から気づいたんやろな、テンション上がってたわ」と目尻を下げた。
病院側のコロナ対策として、待合室ではなく車で呼ばれるのを待っていたら、駐車場に停まっていた数台の車内で動物と人間が連れ添っていた。
私の膝の上で待っている間は平然としていて、獣医さんに呼ばれて院内に入ってもまだ平然としていたのだが、診察室に入るとハイもうあかん。あかんです。歯茎が見えるほど必死に牙を剥いて拒絶する犬を私と母がじっと抑えて優しく声をかける。
私に打って犬が効くなら身体なんていくらでも差し出せると思う。しかし私にしたとて意味あらへんので、獣医さんとスタッフさんが犬にちゃんと処置してくれる。いつも本当に有難くて、拝んでしまう。皆さんに感謝を告げて、会計は母にまかせて先に犬を抱えて車に向かう。助手席に乗せると犬は力なくうつ伏せになって、腹の下に手足を隠した。ツチノコのポーズ。
アナフィラキシーの症状が出ないかいつも心配で仕方ないが、これまで幸いなことに注射による体調不良はない。それはないのだが注射を打ったあとの犬は「ほんっとうに傷ついてる」と態度と表情で示し、しばらく悲壮感を漂わせている。体だけでなく摩耗したであろう心もケアせんと。
家に着いて玄関の鍵をあけているわずか数秒の間で、犬は草の茂みに走ると身を潜めるように縮こまってしまった。
家に上がるとコタツ布団の上でまたもツチノコになっていた。食欲があるかはわからないけれど「注射してくれてありがとう。本当に偉かった、すごいなぁ。ごめんね」そう話しかけながらちゅーるを差し出す。
するとすぐさま顔を上げ、身体は微動だにしなかったが舌だけは活発に動かしてしっかり食べていた。食欲があってなによりである。
そして先日は狂犬病の予防接種があった。動物病院の獣医さんと役場の職員さんが地区を回って、たいてい公園や広場を使って注射をしてくれ、たちまち終了である。
近くの公園まで歩いて向かう犬の足取りは軽い。犬には昨夜と今朝と注射の予定を伝えたが、今をただの散歩と思っているのだろう…。
「--今から向かう先で自分の身に何が起きるのか、まだわかっていない犬ちゃんであった…--」母が犬の背中を眺めながら思わずエピローグを読む。
また違う病院の先生だったが、外というのもあるのかまだ難なく注射を終えた。だがよほど我慢していたのだろう、終わったなら一刻も早く帰ろうと言わんばかりに必死にリードを引っぱった。
注射直後であるし抱っこで帰ろうと犬のおなかに手を回せば、犬は身を寄せてきて抱っこをせがんでいるみたいだ。日頃から抱っこをしているので普段との違いがわかったが、抱っこしようと伸ばした両手を犬は迎えにきていたし、私の腕の中に収まると途端に自力で身体を支える気は一切ないとでも言いたげに委ねていた。
犬は心豊かに喜怒哀楽が働き、それらを雄弁に伝えてくれている。それは注射への悲哀だけでなく、じんわりと胸に広がるような喜びも語る。
4月は後半に犬が予防接種を受けたが、前半は母が手術を受けていた。
第30回で母の鎖骨骨折について書いたが、そのとき折れた骨をくっつけて固定するプレートを体内の患部に挿入した。今回は骨折箇所がくっつき治ったので、役目を果たしたプレートを取り出すという手術だ。
治ったゆえの手術なので、前回とは違って家の中の雰囲気も薄ら暗くはなかった。入院手術退院と2泊3日、母は「明後日には帰ってくるからね」と犬に告げ、父と病院に向かった。
陽が沈んでも夜が更けても母の姿が見えないのがやはり気になるようであった。犬の気を逸らそうと遊んだりブラッシングをして過ごしていた。
しかし2日目の夜、犬は玄関に向かって仁王立ちをするとジィッと外を見つめていた、見つめ続けていた。玄関から父が入ってきても、兄が入ってきても一向に動く気配がなかった。
「大丈夫、明日お母さん連れて帰ってくる」
だから安心しぃと話していたら、犬は寝床で身体をまぁるく縮こませて目を瞑った。
翌日の昼さがり、家に帰着した母はふぅっと疲れと安堵からため息をつくと犬のもとに寄った。妹が帰省したときや、前回の母の退院時も飛び跳ねて迎えるが今回はどこか違った。犬は自ら近寄らずにそこから動かないで母を待っていたのだ。そうして母が膝を曲げて手を伸ばせば、犬は手を取り合って後ろ足で立った。鼻を寄せて、母の匂いを確認しているようだった。
数秒間そうやって見つめ合っていた。ふたりの間を鳥の囀りが聞こえるほど静かな時間が流れていた。このとき私は「目は口ほどに物を言う」という諺をふたりの姿から実感した。
「犬って二足歩行?」そんな勘違いを起こすほど立っていたが、やっと落ち着いたのか犬が座った。すると次は母が確認するように犬をなでた。
「家の守りしてくれてありがとうなぁ」と言う母に犬はなにか応えたのだろうか。昨夜犬が玄関に向かって立ちはだかっていたのは母を探していたからか、守っていたのか、はたまた別の理由があるのか。
健康でいたいし、健康でいてほしい。しみじみ一家一同なにをせずとも健康でいられる年代を過ぎたと思う。そして医療に支えられながら日常生活を送れていると実感する。母が退院した夜、犬は母のそばで身体をだらぁんと伸ばして穏やかなお暇を堪能していた。
この連載が本
『inubot回覧板』(扶桑社刊)になりました。第1回~12回までの連載に加え、書籍オリジナルのコラムや写真も多数掲載。ぜひご覧ください。
【写真・文/北田瑞絵】
1991年和歌山生まれ。バンタンデザイン研究所大阪校フォトグラファー専攻卒業。「一枚皮だからな、我々は。」で、塩竈フォトフェスティバル大賞を受賞。愛犬の写真を投稿するアカウント
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