相続の場において、親の自宅を相続したい人が、ほかの相続人にお金を分配する…というケースがよく見られます。
今回は、数万円程度の「ハンコ代」ではまとまらず、法定相続分をベースとする「代償金」の話に展開する場合について。相続の問題に詳しい司法書士の鈴木敏起さんに、50代の茂木美樹さん(仮名)という方を事例にして聞いてみました。

家の模型の前で悩む女性
自宅を相続したいなら、姉に代償金を支払う必要が!(※写真はイメージです。以下同じ)
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相続が多すぎる場合は、ほかの相続人に「代償金」を払う。遺言があれば「遺留分対応資金」として少額に

美樹さんは、母名義の自宅に母と同居しています。母が亡くなった後も美樹さんは自宅に住み続けたく、遺産分割協議の進め方について、事前にS司法書士の事務所に相談をしに行きました。

美樹さんには姉が2人いて、どちらも近所に住み、母の生活のフォローをしてくれています。姉はどちらも結婚しており、子どもがお金のかかる時期であり、もし今、母が亡くなった場合には、母の相続財産を当てにする可能性がありました。

美樹さんは、自分は母と同居し最も母の介護負担を負うことになるのだから、いわゆる「ハンコ代」として数万円のお礼をすれば、姉2人からハンコをもらえるはずだとタカをくくっていましたが、S司法書士との面談では、法定相続分をベースとする「代償金」に話が展開する可能性も十分にありうるということで、さらに詳しく聞きました。

●ハンコ代よりも一般的な「代償金」とは?

代償金とは、もらいすぎの相続人が、ほかの相続人の取得分を補填するために支払い、バランスをとるためのお金です。主に遺産分割協議の際に登場する解決金です(遺言にも登場する場合があります)。

美樹さんの事例においては、母の自宅が約3000万円相当。預金が現在600万円で相続財産全体が3600万円。法定相続分は長女・二女・美樹さん各3分の1で、各1200万円ずつ取得する権利があります。

美樹さんが自宅を相続したい場合、自らの法定相続分1200万円を超える1800万円は「もらいすぎ」となるので、代償金として姉二人に900万円ずつ支払う必要があります。

美樹さん 自宅3000万円 - 1800万円(代償金の支払い) = 1200万円
長女 預金 300万円 + 900万円(代償金の受取り) = 1200万円
二女 預金 300万円 + 900万円(代償金の受取り) = 1200万円

相続による財産取得への想いは、故人の(とくに晩年の)生活に対する、相続人それぞれの貢献度と比例することがあります。『私はこれだけ尽くしたのだから』という想いが、相応の財産の分配にあずかって当然だ、という気持ちを生み、いわゆる「ハンコ代」ではなく、当然に「代償金」を主張するケースが増えています。

●代償金を支払えない場合の現実的な話

相続財産に十分な預金がなく、美樹さん自身にも代償金を支払うだけの資力がない場合、遺産分割協議は停滞します。姉2人は、自宅を売却してお金に換えろと要求してくるかもしれません。

もちろん、直ちに強制的に立ち退かされて売却されることはないのですが、やがて家庭裁判所の手続きを踏み、遺産分割審判にまで発展すれば、売却してお金を分配するという現実も待っています。

●代償金を準備するための生命保険

S司法書士との面談で、代償金対策の一般的な方法として、生命保険の話になりました。今現金がなかったとしても、死亡保険金で代償金をあらかじめ準備しておくというものです。

そこで、美樹さんは、母を契約者とする保険で、被保険者が「母」、保険金受取人が「父」の生命保険があったことを思い出しました。死亡保険金は600万円でしたから、まだ不足するとはいえ、美樹さんが受取人になれたらと思い、母に相談することにしました。
母は快く応じてくれて、保険金受取人を美樹さんに変更しました。

またそんな折、子どものいない母の妹(叔母)が亡くなり、叔母の相続手続きを行いました。母が相続人の一人で、叔母の相続財産から600万円を相続することになりました。このお金を原資にして、母に追加で生命保険契約をしてもらい、代償金を保険金で準備できないか、お願いしてみました。

●代償金資金のための生命保険の受取人はだれにするべき?

家系図と家の模型

母はここで、躊躇しています。

「美樹ばかりにお金がいくようにして、不公平かしら。保険金の受取人は、長女や二女のほうがいいのかしら? 今回の保険金は長女に渡るようにして、先日保険金受取人を美樹に変更したばかりの保険は二女にしようかしら?」

なるほど、一理あると思った美樹さんは、S司法書士に聞いてみました。

S司法書士は、こう断言しました。

「保険金受取人は、必ず、美樹さんにしてください」

理由はこうです。死亡保険金は、相続財産ではありません。受取人固有の財産となるので、遺産の先渡しにはならず、遺産分割の際の分配割合に影響が出ません。したがって、長女と二女は「もらい得(どく)」であり、相変わらず、法定相続分の1200万円(相続財産が3600万円の場合)を主張でき、美樹さんの代償金の支払い額が減らない、と言います。

「危なかった…」

美樹さんは、S司法書士の説明を母にし、自宅を美樹さんが相続させてもらうことを前提に、代償金として長女と二女に支払いができるように、保険金受取人は美樹さんとしてもらいました。

●姉2人に払う代償金には、まだたりない!

美樹さんは、死亡保険金1200万円の受取人となれましたが、代償金1800万円にはまだ足りません。この点をS司法書士に相談すると、最後の手当てについて説明がありました。
「お母様に遺言を作成してもらい、『代償金』ではなく、『遺留分対応資金』として保険金1200万円を活用しましょう」

遺留分の話に落とし込めば、保険金1200万円でたりると言います。
どういうことでしょうか?

●遺留分対応資金としての解決

遺留分とは、法定相続人に認められている、最低限取得できるとされる相続分です。遺言や贈与など、相続人の知らないところで、相続財産の行方を決められてしまったときに、最低限の自分の取り分を確保するために使える権利です。

相続順位により遺留分の枠が定まっていて、相続財産に対する遺留分枠を計算し、さらに法定相続分で案分します。
今回のように、子どもだけが相続人で、3人いるときは、相続財産の2分の1を遺留分枠とし、これを法定相続分の3分の1で案分するので、各6分の1がそれぞれの遺留分です。相続財産が3600万円の場合、長女と二女の遺留分は600万円です。

母に遺言を作成してもらい、全財産を美樹さんに相続させるとし、長女や二女の遺留分に対応する資金として、保険金1200万円を活用する。これが、美樹さんが母亡き後も自宅に住み続けることができる方法とわかり、美樹さんは安堵しました。

●円満に自宅に住み続けるために、3つの解決金について理解しておく

実家を相続したい美樹さんの相談は、「代償金」と「遺留分対応資金」にまで展開しました。
相続を着地させる「ハンコ代」「代償金」「遺留分対応資金」という3つの解決金について整理し、しかるべき備えをしておくことが、円満相続の道と言えます。