旬の素材を使った毎日の料理や、時季ならではのおいしい食べ方をつぶやくツイッターアカウント、「きょうの140字ごはん」(
@140words_recipe)を運営する文筆家の寿木(すずき)けいさん。
使いたいと思う食材や道具、そしてだれかへの贈り物は、四季に導かれるものだそう。
寿木さんから季節のあいさつに代えて、読者の皆さんへ「今日はこれを手に取ってみませんか?」とお誘いします。
最近、寿木家の子どもたちは紙細工遊びに夢中です。
そうなると頭を悩ませるのは、掃除機では吸いきれない細かい紙ゴミ。
そこで思いきってホウキを使うと、家の中だけでなく、心まできれいになるような気がしてきたことを教えてくれました。
職人さんがつくる伝統工芸品。オーダーメイドのホウキがやってきた
コロナ自粛中に、ホウキを買った。
子どもたちが一日家にいて紙細工遊びや工作をするので、紙きれやひもクズが部屋じゅうに散らかるようになった。そんなとき、「ちらかさないで」という叱り方だけはしたくなくて、「大いにちらかしなさい」とアドバイスして工作の完成に集中させるようにした。
しかし困るのが掃除だ。掃除機では吸い取れない大きさのゴミが多く、そこで思いついたのがホウキだった。
●世界にひとつの、私の色
以前から欲しいと思っていた
中津箒(なかつほうき)を、これを機に買うことにした。
すべての画像を見る(全6枚)中津箒は神奈川県愛甲郡愛川町で職人さんたちが一点一点手作りする伝統工芸品だ。ネットのカタログを参考に、メールで好きな色や軸の素材の相談をしながら注文する。完成までは約1か月。ネットショップで手軽に買えるものだと思っていたけれど、この待つ時間というのが、案外大切だった。
スーパーへ行くことすら躊躇して、なんでもかんでもネットで買ってはすぐに届くのが当たり前になっていた日々のなかで、オーダーメイドの品を待つ喜びを改めて思い出したのだった。
●深呼吸したくなる香り
1か月後、届いた包みをあけると、まず香りがすばらしいことにハッとした。有機栽培のホウキモロコシの、じゅうぶん陽に当てられた干し草の香り。
床を掃くと、ささ、ささっ、とササの葉が風で擦れ合うような涼しい音がする。床を掃く行為がこんなに楽しいものだなんて、想像したこともなかった。
中津箒は、穂先をほとんど切らず、丁寧にそろえてから編み込んであるから、畳やフローリングを傷つけることなく掃除できる。丈夫な穂先がよくしなって、細かい隙間まで届くのだ。
●現代の若者はだれに家事を習う?
学生時代にアルバイトをしていた料亭では、5部屋あった和室を毎日ホウキで掃いていた。大広間になると三十畳はあったはずだ。
まず新聞紙を濡らして固く絞る。それを卓球のボールくらいにちぎって丸め、部屋の四隅にまく。それらを和室の中央へ、中央へ集めるようにして掃いていく。四角い部屋を丸く掃くと、先輩に叱られたものだ。
18歳で実家を出て1人暮らしをしていた私は、ちゃんとした掃除の仕方を習ったことがなく、母親のやり方を思い出しては見よう見まねで家事をしていた。知識がたりない分は、バイト先で指導してもらうことで補っていたのだ。
漆の器を重ねるときは、間に1枚小さく切った古布を挟むことも女将さんに習ったし、食材を少しもむだにせずに美しいまかないご飯をつくる料理人を見て、魔法のようだと感動した。
●大好きなラジオの時間が快適に
ホウキが掃除機とは違う点は、朝のラジオの音をかき消さないことだ。
これまでは、掃除機をかけているときに夫が話しかけてきたら、「なあに!」とイライラして一度スイッチをオフにしていたけれど、ホウキがあれば、音楽もニュースもゆったり聴くことができる。
もちろん夜中に掃除したって、ホウキなら、かまわない。
すっかり掃かれた床をみると、心まで払われ、清められたような気がする。昔ながらの生活の道具でありながら、暮らしのリズムをつくり出すような大きな役割が、ホウキにはある。
このホウキが自分と一緒に成熟していくのを、楽しみにしている。
【寿木けい(すずきけい)】
富山県出身。文筆家、家庭料理人。著書に『
いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(小学館刊)など。最新刊は、初めての書き下ろし随筆集『閨と厨』(CCCメディアハウス刊)。趣味は読書。好物はカキとマティーニ。 ツイッター:きょうの140字ごはん(@140words_recipe) ウェブサイト:keisuzuki.info