新型コロナウイルス拡大防止のため、外出自粛が続く現在の日本。普段あまり死を意識することもなく生活してきた私たちも、よく知る有名人が罹患したり亡くなるニュースに触れ、そのリスクを自分事として捉えるようになりました。
しかし、遺言の相談をしようにも、司法書士・行政書士・弁護士などの専門職に会って相談することは難しくなっています。
相続の問題に詳しい司法書士の鈴木敏起さんに、40代の主婦、高岡真子さん(仮名)という方を事例にして、コロナ禍における遺言作成相談の新しい展開について聞いてみました。

ソファーに座って考え事をする夫婦
コロナ禍において「もしも…」と考える人が増えています(※写真はイメージです。以下同じ)
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もし自分が、家族がコロナに罹患したら…。リモートでも遺言相談が可能な時代に

新型コロナウイルスのニュース一色の今。死を自分事として捉え、自分が亡くなった後も続く、家族が生きる世界への関心が生まれています。大切な人を守るために、これまで本気で検討することはなかった、遺言の作成を考えてみる方もいるのでは。
しかし不要不急の外出が制限されているなかで、相談のために外出することは躊躇されます。まして、コロナウイルス罹患後は、専門職に直接会って相談することは不可能です。
このような状況で、どうしたらよいのでしょうか。

●自宅の敷地は父名義。安心して住むには遺言が必要?

高岡真子さん(仮名)は50代の主婦。夫と子どもがいます。自宅の土地は父の名義で、その土地に両親の暮らす家と、真子さん家族が暮らす家が2軒建っています。

一昨年の春、元気だった母が突然亡くなりました。一人になった父の介護のため、真子さんはパートをやめ、同じ敷地内に住む父の生活を支えました。真子さんには妹がいますが、妹は家族皆と折り合いが悪く、母の葬儀にも来ませんでした。

母を亡くした父は、最近めっきり気力も体力も落ちてきており、真子さんは父が亡くなったときのことも想像し、自宅の敷地が父名義であることが気になるようになりました。
妹の反応として、真子さんが自宅敷地を相続することに反対するのか、それとも、母の葬儀にも来なかったくらいなので、まったく無反応であるのかわかりません。

そこで、真子さんは、父に遺言を書いてもらいたいと思い、夫と相談してみました。

●新型コロナウイルスの外出自粛要請下における遺言相談

夫に相談すると、夫も真子さんの懸案点を共有してくれました。また、父本人にも了解をもらいました。

しかし、新型コロナウイルスの外出自粛要請下において、父を外出させることには不安を感じます。父は何年もタバコを吸っており、かなり苦しそうに咳込むこともあり、コロナ罹患リスクは高いように思います。

地元の司法書士事務所に電話をしたところ、電話でもおよその相談にはのってくれますが、遺言者となる父の様子を直接会って確認したいと言います。高齢の父の判断能力や、遺言内容に関しての父の真意を確認したいとのことです。
父の相続に備えるために遺言の相談をするのですが、遺言相談に伴う外出が、父の命を縮めることになっては困ります。

●公証役場で交代勤務を実施しているところもある

遺言は「公正証書で作成する遺言(公正証書遺言)」と「自筆で作成する遺言(自筆証書遺言)」が代表的なものです。
公正証書遺言は、公証役場で作成するのですが、このコロナ禍において、公証役場もスタッフの交代勤務を取り入れていて、当分の間、新規の相談は受けないということでした。(※真子さんの地元の公証役場における取り扱いです。場所により対応は異なります)

そこで、公証役場に行かずとも作成できる自筆証書遺言が検討されますが、自筆の遺言は、遺言として成立するための要件が法律(民法)で定まっているようで、やはり専門家と一緒に作成したい、できれば、専門家の立ち合いのもと、その場で適切なアドバイスをしてもらって作成したいと思いました。

●非直接対面型のリモート専門家相談

そうこうしているうちに、父が新型コロナウイルスに罹患してしまったらどうなるでしょうか。家族ですら面会謝絶、専門家と父が直接会うこともできません。入院後2週間ほどで亡くなるケースもあります。このような状況で遺言を作成することは難しいでしょう。
真子さん夫婦はもちろん、父も焦りを感じてきました。

今のうちに父に遺言を作成してもらうためには、専門家が父と直接会わなくても「高齢の父の判断能力や、遺言内容に関しての父の真意を確認できる」というポイントをクリアできる環境があればよいと考えるようになりました。

緊急事態宣言が出てから、在宅テレワークや、オンラインでのリモート会議・面談が社会に浸透し始めています。「非直接対面型のリモート専門家相談」を実施している専門家事務所はないでしょうか。

●自筆証書遺言のリモート相談のポイント

リモート面談の様子

真子さんがいろいろ検索していたところ、真子さんの住む町に一件、リモート相談をしているS司法書士事務所があることがわかりました。

S司法書士事務所で利用しているリモート面談ツールは、事前にアプリをパソコンにダウンロードするもので、利用するにあたって多少のハードルはありましたが、なんとか相談の機会を得ることができました。

公証役場で新規の依頼ができにくいということから、司法書士より、自筆証書遺言の作成を提案されました。

自筆証書遺言のポイントは次のとおりです。

ア)形式上のポイント

・全文(財産目録を除く)、自書すること
・日付を書くこと
・氏名を書くこと
・押印すること

イ)内容のポイント

・遺産を特定できていること
・実現したいことは法定遺言事項であること

ウ)訂正のポイント

・民法に定められた加除訂正方法に沿っていること

これらのポイントを満たすように、リモート面談では、「画像の共有」も活用し、父が書いた遺言を司法書士に見てもらい、その場で直接の修正ポイントの指導を受けました。
加除訂正についても、民法の定めに沿った訂正方法の指導を受けることができました。

そして、リモート面談において、司法書士は父の表情や意向を十分に汲むことができ、相談者・専門家ともども安心して遺言を作成することができました。

今後、専門家相談も、リモートでの面談はスタンダードになっていくものと思われます。リモート面談ツールの使い勝手のよさ次第では、新型コロナウイルスなどの感染症に罹患している本人が一人きりでも、自筆証書遺言の作成指導を受けることは可能かもしれません。

緊急時こそ、次の時代のスタンダードの先駆けに触れて、少しでも現実の課題に寄り添ったリーガル(法的相談)サービスを受けたいものです。