フェーズ3:必要最小限でしっくりくる「静寂期」

シャツを体にあてる女性
※画像はイメージです(画像素材:PIXTA)
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私の場合、ある日ふとクローゼットでシャツの占める割合が妙に高いことに気がつきました。普通、服を減らすときは、同じような服をもたないように絞りますよね。だけど私は好きなものを買うことを自分に許可していたので、気がつけば、同じようなものがずらりと並んでいました。

捨てたのにまた買っている…。それを見て「私、シャツとパンツがあれば十分かも」「私はこれでいいのかもしれない」と腑に落ちました。

自分にとっての中心核、必要最小限がはっきりすると、軸が定まり、いっそう身軽な感覚が生まれます。

“これさえあればいい”というものは、「服捨て」を経験した方に聞くとTシャツとデニム、あるいは特定の色の服など、人によってさまざまです。

●「おしゃれ」に対する思考が変化

第3フェーズの「静寂期」では、服にまつわる価値観や感覚、感情までもが変化してきます。

・お気に入りのショップやブランド店に行っても、心が動かなくなる

・服への興味が前よりも薄くなる

・今までこだわっていたことがどうでもよくなる

・おしゃれの楽しみ方が変わってくる

・いろいろもっていなくても、これで十分と思える

これらは私の場合ですが、服のことを四六時中考えていた頃からすると、対岸にたどり着いてしまった感覚でした。「もうおしゃれが好きじゃなくなったのかも…」と戸惑うこともありました。

でも、それこそが正常な反応なんです! 思考が変わったサインです。決しておしゃれ心を捨てたわけではなく、自分をしばる余計な思い込みから自由になったからこそ起こる自然な反応なのです。

「服捨て」とは「過去の自分からの脱皮」…。生まれ変わりですので、前と同じ反応をしていたら、変化していないことになりますよね。

●自分のクローゼットが好きになる

服が減るにつれ、クローゼットに対する感情や行動も明らかに変わってきます。

・全体的にしっくりきて、満足感がある

・眺めるだけでニヤニヤしてしまう

・清々しく、軽やかな気持ちになる

以前よりもクローゼットを好意的に捉えられるようになり、神社に立ち寄ったときの清々しさや、サウナーのいう「ととのう状態」のような潔いすっきり感に包まれます。

ずっと眺めていたくなるほど心地よく、思わず「あけっぱなしにしておきたい」と思える。他者に見られてもいいし、むしろ誇らしい…。クローゼットに対する開放感が、自分自身の外側に対するオープンさにも比例していきます。

第2フェーズの「モヤモヤ期」は葛藤が生まれやすく、心は荒れ模様になるかもしれません。けれどそこを抜けたら「嵐のあとの凪」のように、クローゼットに静寂が訪れます。気心の知れた友達のような安心感、1枚1枚を把握できていて、「これでいい」というたしかな満足感…。その心地よさに包まれたとき、最終地点に立っています。

これが「服捨て」のロードマップ。いかがでしょうか。全体像が見えたら、自分の現在地もわかります。道しるべとして、参考にしてみてください。

服捨て 自分を解き放つメソッド

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