東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故から12年が経ちました。福島は、多くの人たちの努力によって、今も復興が続けられています。ここではさらなる復興に向けて、今知っておきたいことを、経済産業省 原子力発電所事故収束対応室、廃炉・汚染水・処理水対策官の山口雄三さんにお話を伺いました。

東京電力福島第一原子力発電所の「廃炉」に向けて必要なこと

復興を進めるために、私たちが知っておきたいこと
復興を進めるために、私たちが知っておきたいこと(※写真はイメージです)

東日本大震災と、その際に起こった東京電力福島第一原子力発電所の事故。2023年現在、避難指示の解除や生活インフラの整備など、福島では復興が着実に進められています。その一方で、生活する場を失ったままの方々の帰還、地域産業の再生、根強く残る風評など、多くの課題が残っているのも現実。

こうした復興課題のうちのひとつが、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉です。現場では今、何が行われているのでしょうか?

経済産業省・原子力発電所事故収束対応室、廃炉・汚染水・処理水対策官の山口雄三さん
経済産業省・原子力発電所事故収束対応室、廃炉・汚染水・処理水対策官の山口雄三さん

「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉に向けて、日々、作業を進めています。廃炉は福島の復興には欠かせません。廃炉に向けて、原子炉建屋の中に残っている使用済燃料等や燃料デブリ(燃料が溶け構造物と混じりながら固まったもの)の取り出しやALPS(アルプス)処理水の処分等を進めていく必要があります。

東京電力福島第一原子力発電所の廃炉は、30~40年をかけて安全・着実に進めていきますが、安全性を確保した上でALPS処理水を処分することが喫緊の課題です」(山口さん)

●廃炉に必要不可欠な「ALPS処理水」の処分とは?海洋放出が必要な理由

「ALPS処理水」に係る認知の状況について(インターネット調査結果)
「ALPS処理水」に係る認知の状況について(インターネット調査結果)

廃炉に向けたプロセスのうちのひとつだという、「ALPS(アルプス)処理水」の処分。「ALPS(アルプス)処理水」というワードは、聞き慣れない方も多いはず。実際に昨年12月下旬に実施されたインターネット調査によると「確かに知っている」、「なんとなく見聞きしたことがある」と答えた人は全国で55.3%程度という結果に。

ESSE読者にも「ALPS処理水」のイメージを聞いたところ「初めて聞いた」、「一体どういう仕組みなのかがよく分からない」、「安全なものなのか、教えて欲しいし、知っておきたい!」という意見が。

「ALPS処理水とは、廃炉の過程で発生した放射性物質を含む水の中で、トリチウム以外の放射性物質を、安全基準を満たすまで浄化した水のことです。ALPSとは、Advanced Liquid Processing Systemの略で、多くの放射性物質を浄化することができる「多核種除去設備」の通称になります。

福島第一原発敷地内のALPS処理水の貯蔵タンク
東京電力福島第一原子力発電所敷地内のALPS処理水の貯蔵タンク

ALPS処理水は、これまで、敷地内の貯蔵タンクに貯められてきました。しかしこのタンクはすでに1,000基を超えており、このままだと廃炉作業に必要な施設を建てるスペースを圧迫する恐れが。そこでALPS処理水を安全に処分し、貯蔵タンクを減らすことは、廃炉と復興に向けて重要な作業になってくるのです」

具体的には、ALPS処理水はどうやって処分されるのでしょうか。

「海洋放出になります。処理の方法については、放射線や土木、風評の専門家が6年以上かけて議論を重ねてきました。具体的には、地下埋没、水蒸気放出、水素放出、地層注入など、様々な方法が検討され、最終的には、国内外の原子力発電所で行われてきたという実績や、放出後のモニタリングのしやすさを考慮して、海洋放出を行うことに決めました。

具体的な放出開始時期については、海洋放出設備工事の完了、工事後の原子力規制委員会による検査、IAEAの包括的報告書の発出等を経て、本年春から夏頃と見込んでいます」

●ALPS処理水に含まれる「トリチウム」とは?

また気になるのが、ALPS処理水の過程の中で登場するトリチウム。こちらも聞き慣れない単語だけに、「一体なんだろう?」という戸惑いがあります。

私たちの日常生活の中にもあるトリチウム
私たちの日常生活の中にもあるトリチウム

「トリチウムは放射性物質で、水素の仲間になります。放射性物質、と言われると構えてしまう方も多いかもしれませんが、トリチウムは日々自然に発生していて、雨などの自然や、人の体にも含まれているものです。トリチウムが出す放射線のエネルギーはとても弱く、紙一枚でさえぎることができます。

トリチウムは、多くが水素と同じように酸素と結びついてトリチウム水の形で存在しているのですが、普通の水とかなり似た分子構造を持っているために、ALPS処理水の中から除去することが難しいので、処理水を海水で100倍以上に薄め、安全基準を充分に満たした上で処分をします」

 まずは知ることから。詳しくはこちら

きちんと知っておきたい、ALPS処理水

海
※写真はイメージです

安全基準を満たしているとはいえ、海に流すことで人体への影響はないのでしょうか。

「とくにトリチウムに関しては、イメージから入ってその点を懸念される方は多いと思います。トリチウムは体内には蓄積されず、水と一緒に流れていくものです。また放出されるトリチウム濃度は、国の安全基準の1/40未満。この水準はWHOの飲料水基準の約1/7です。

放射線
日常で受けている放射線量と、海洋放出による人体への影響の比較

また人間が生活する中で自然に受けている放射線影響よりもかなり小さいもの(約100万分の1から7万分の1)になります。

トリチウムは、これまでにも世界各国の原子力発電所から海洋放出がされている現実があり、IAEA(国際原子力機関)も、海への放出は科学的根拠に基づくものと評価しています。まったく未知の物質を、初めて海に流すわけではない、という事実を知っていただけたらなと思います」

●近海で獲れる魚や生態系への影響は?

さらにESSE読者から寄せられた質問も、山口さんに答えていただきました。海で獲れる魚や生態系には、ALPS処理水の放出は影響しないのでしょうか?

「近海で獲れる魚に、安全上の問題はありません。海洋放出による動植物への影響を評価したところ、国際放射線防護委員会(ICRP)が提唱する基準値に対して、数百分の1と影響が極めて小さいことが確認されています。

また、影響が小さいことを目に見える形で示すため、東京電力において実際にヒラメ、アワビの飼育試験も開始しました。その結果、通常の海水にALPS処理水を加えた水槽と、通常の海水を入れた水槽との間では、魚介類の成長に違いがないことが確認されています」

●福島の復興は、日本全体の課題

復興について取り組んでいる今、山口さんが伝えたいのが「原発の廃炉に向けた現状と、ALPS処理水とその処分の安全性。そしてなによりもこれらを理解していただき、風評の発生を防ぐこと」だといいます。

「廃炉の現状やALPS処理水について知っていただき、福島が復興に向けて着実に歩んでいることを知ってほしいです。

今回、ESSEonlineの読者の方に向けてお話しした内容も含めて、今後も私たちから発信していきます。最新のモニタリング結果なども、環境省のサイトでわかりやすく確認できるようになっています。

福島の復興は、日本全体の課題です。ぜひ、復興を応援していただく意味でも、小まめに情報を確認してくださったらありがたいです」

 「ALPS処理水」についてさらに詳しく知る

問い合わせ先/経済産業省 https://www.meti.go.jp/