作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。寒さや乾燥が厳しい季節に向いている保存食作りについて、つづってくれました。
第39回「乾燥の恵み、鹿肉ジャーキー」
●寒さや乾燥が体にこたえる季節
昔から冬が苦手だ。寒すぎて高校をズル休みするレベルだった。基礎体温を上げないとなあと、最近は走ってみたりスパイス多めの食事をしているので、冷え性も前よりは良くなった。
春から秋までは書斎の机で執筆しているが、冬は大学の頃から愛用しているこたつに移動。卒論の頃から一緒に冬を過ごしてきた相棒だ。こたつはエコだし、その姿形もかわいい。東京くらいの気温なら暖房をつけずともこたつに入っていれば足元を温めてくれて、自然と体全体が温まっていく。
冬は寒さだけでなく、この年齢になると乾燥もこたえる。ひー。気がつけば唇がぱきぱきになっていたり、朝起きて瞼が開きにくくドライアイを知る。
●そんな冬は保存食作りにもってこい
日本人はこの寒風を利用して様々な保存食を作ってきた。愛媛の実家を思い出すだけでも、冬は干して保存する食文化があった。
庭やベランダに紐を張り、タコ足のようにひらひらにカットした大根がずらりと干され、一年分の切り干し大根が作られる。渋柿の皮を山のようにむいては裏庭を美しい柿色が染める。ふかしたサツマイモをスライスしてかごに並べて、干し芋を作る。年末についたお餅は、一部は保存用に「のしもち」として、板状に伸ばされ座敷で乾燥させ、固くなりすぎないうちにトランプくらいのサイズにカットし、そのまま乾燥させ保存食にしていた。ストーブの上で焼いて食べると最高だ。最近だと、りんごやみかんを輪切りにしたものを干してドライフルーツを作ったりもする。
湿度の多い夏に同じことをしようものなら、カビが生えてしまうだろう。8月の土用の丑の日に三日三晩梅干しを干して殺菌するというのはあるが、それは塩と酸味がある梅干しだからできること。寒さと乾燥を生かした保存食作りは、冬場、農作業の殆どない我が家の手仕事の一つだった。みかんの収穫もすっかり終わったこの季節、祖父母も父母も農繁期の春に向けてこたつでゆっくり過ごす。それでも、せっせと大根を切って干し、干し芋を作り、渋柿の皮をむき、手はしっかり動かしていた。干し芋や干し柿が幼少期の私のおやつだったし、今は甥っ子達のおやつだ。切り干し大根は春以降もよく食卓にのぼっている。保存がきくだけでなく、旨味が濃縮されてそのまま食べるより味わい深くなっているから、すごい。
●鹿のジャーキーを作ってみよう
先日、またぎの友人が鹿肉をもってきてくれて、鹿しゃぶや、鹿ローストをしていただいた。大地を駆け回った鹿の味は濃厚で噛みごたえがあり、大自然そのものだった。
雄のとても大きなエゾジカだったそうで、「この辺りは匂いがキツイから捨てたほうがいいよ」と台所で友人が言う。見ると、大皿一杯、削ぎ落とした赤身の肉が入っている。いけるんじゃないの? と、シャブシャブの中に入れて食べてみるも、うわぅ…確かに臭い。獣臭がすごいな。けど、捨てるのもったいないなあ。「どうにかして食べる方法ないの?」と聞くと、「面倒だけど燻製にして鹿ジャーキーなら食べられるかもね」と言うので、みんなが帰ったあとやってみることにした。
ハム作りをすることもあるので、作り置きし冷凍していたソミュール液を出して解凍する。ソミュール液とは、ローリエやクローブ、胡椒、タイム、コリアンダーやカルダモン等スパイスを入れ込んだ塩水だ。塩は肉の3~5%くらいにしている。砂糖もその半量は入れる。そこに余った赤ワインをぶっこんで、4日ほど寒い廊下で肉を漬け込んだ。
そして、真水で4時間塩抜きし、キッチンペーパーで水気を拭き取ったら、表面に胡椒を再度ガリガリとかけて、おばあちゃんがくれた愛用の3段かごで肉を干す。丁度、寒波がきて最高に寒い時期だったのでぐんぐん乾いていく。時々ひっくり返しながら、うーんどのくらい干したかなあ。1週間弱くらいか。地域によって乾燥具合も違うから触ってみてよく乾燥していたら大丈夫だろう。
いよいよ本番、燻製です。何を使ったら楽にできるかなあと台所を見回し、そうだ蒸し器を使おうと考える(フライパンでも金網を使って段差をつけ、下にチップ、上にお肉でできる)。通常水を張る下の段に桜の木のチップを入れて、上に肉をしきつめる。
どっきどき。まあ、捨てるはずだった部分だから失敗しても大丈夫だ。10分火をつけ、煙を鍋に充満させ20分止め置くというのを3セット。外には煙は出ずに、鍋の中だけでかもされている。いい調子だ。
ちょっと食べてみるか。樹皮のようになったお肉を恐る恐る食べてみると、「うわー! うまいー!!!」と小躍りしてしまった。夫も食べて「うわー、美味しいなあ!」と小躍りした。臭みは全く消えて、凝縮した旨味に変わっている。上手にスモークされて市販のジャーキー以上じゃないか。もっぱら最近の執筆のおやつは鹿ジャーキーである。
もちろん、鹿でなくても牛の赤身や牛すじなどでも美味しいと思う。
苦手な冬の寒さや乾燥も、食文化にとってはなくてはならない恵みなんだなと思った。友達に「また、臭くて捨てる部位があったら、捨てずに家に持ってきてください」とメールした。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『
旅を栖とす』(KADOKAWA)が発売中。
そのほかの著書に、詩画集
(ちいさいミシマ社)、絵本
『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集
「いっぴき」(ちくま文庫)、など。翻訳絵本
「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:
んふふのふ