不妊治療というと、多額の費用が必要…というイメージがあるかもしれません。不妊治療の保険適用を拡大するための議論がたびたび話題になっていますが、体外受精や顕微授精には経済的な課題の克服だけでなく、仕事との両立や家族の理解なども必要です。

今回は実際に3年間の不妊治療を経験した佐藤恵美さん(仮名・当時34歳)に取材し、治療内容の詳細やかかった費用、病院選びの難しさなどをご紹介します。
専門用語や治療法について監修してくれたのは、日本を代表する産婦人科医、山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療センター長・堤 治(つつみ おさむ)先生です。

マスクをつけた女性と男女の後ろ姿
不妊治療は金銭的負担も含めて、不安なことだらけ…(※写真はイメージです。以下同じ)
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医療機関ごとに大きな差!謎だらけの体外受精

不妊治療を続ける過程で、高齢出産となる35歳を目前に、体外受精へのステップアップを決断した恵美さん。いきなりつまづいたのは病院選びだったといいます。

「クリニックのホームページを見ても、体外受精の治療方法がどこもまちまちで、どれが“標準治療”なのか? スタンダードがわからず悩みました」

体外受精は費用負担が大きいイメージがあって、治療に踏みきれないというカップルも多いのが実情。恵美さんも当初、出産までの成功率やそれに伴う費用を比べようとしたのですが、治療方法も医療機関ごとに特有のネーミングがされていたり、料金もすべて書かれていないケースも多く、単純な比較ができなかったといいます。

なかでも女性の体から卵子を取り出す、痛みを伴う「採卵」は、治療方法によって通院頻度や費用、負担やその後の結果にも大きな差があることがわかりました。

●採卵周期:病院のポリシーに大きく左右される卵巣刺激方法

女性の卵巣から卵子を体外に取り出す「採卵」には、おもに自然な月経周期のなかで育ってくる卵胞を採卵する自然周期(低刺激)法と、排卵誘発剤などの薬を使って卵胞を成長させて採卵する排卵誘発(中刺激~高刺激)法があります。

自然周期の場合は、体への負担が軽く費用面の負担も少ないというメリットがありますが、一般的に採卵できる数は薬を使う場合よりも少なくなるというデメリットがあるそう。

一方、中刺激から高刺激まで調整可能な排卵誘発法による採卵は、使用する薬剤の種類や量によって、体への負担や費用面にも大きく差が出ます。

日本では自然周期による採卵が根強いため、1度に採卵できる卵子の数が少ないことが、不妊治療による出産率の低さに繋がっているようです。

「夫婦で話し合い、1度でなるべく多くの良質な卵子を採れるようにしたいという結論になり、排卵誘発剤を使う方法を希望しました。仕事をセーブできる回数や期間にも限界があるため、採卵を繰り返すより、移植に専念するほうが合理的と考えたからです。あと、刺激の程度は違えど、痛い思いを何度もするのは嫌だという思いも強かったです」

【Check!クリニックごとに得意分野がある?】

自然周期がいいのか? 排卵誘発剤での刺激を積極的に行うほうがいいのか?
「病院ごとに掲げる根拠やポリシーが大きく異なっていたのも困ったポイントでした」と恵美さん。

ホームページで「成功率」が掲載されている場合でも、何回採卵した結果なのか。成功とは妊娠判定なのか、心拍確認なのか、出産なのか…と基準が不明確。病院選びをする際、患者サイドが手に入れられる情報量が少ないのが現状です。

「もともと通っていた不妊外来が規模も大きく、どんな方法でも対応してくれていたのが幸いしました」という恵美さん。採卵周期は自宅で毎日自己注射を打つことになったそう。

●排卵誘発剤の副作用は?仕事との両立はできた?

排卵誘発法にした恵美さんは、生理3日目から自己注射を開始しました。病院で渡された注射器を使って、自分のおなかに薬剤を注射します。
聞いただけでも痛そうですが、実際「針を刺す恐怖が毎日続くのでつらかった」といいます。ゴナールFという製剤を、恵美さんの場合は1日150単位。この処方も、本人の体質や病院の方針によってさまざまです。

「通院は3日に1度くらいのペースで、副作用は体が重たくなる程度でした。在宅テレワークによる勤務で、フレックスも活用できたのでなんとか続けられました」

薬に対する体の反応もよく、卵胞の育ちも順調で、生理9日目から排卵をストップするための注射(ガニレスト、「これがさらに痛い」といいます)が加わり、採卵予定日の前日に卵子を成熟させる点鼻薬(ブセレキュア)をしました。

採卵までにかかった検査費用と薬代は、15万円を越えていたといいます。自己注射を開始してから採卵完了までの期間はおおよそ11日間でした。

●採卵してみるまで、何個とれるかわからない!

採卵当日のエコーでは左右の卵巣に4~5個ずつで大きく成長した卵胞が見えていたという恵美さん。ところが、医師からは…。

「『採卵個数は、当日、卵胞に針を刺して、ちゃんと吸いついてくれるかやってみないとわからない』と言われました。もしゼロだったとしてもここまで治療にかけた時間もお金も返ってこない。すべての負担を患者側が負いながら治療せざるを得ないので、どうしようもないプレッシャーを感じました」恵美さん。

結果は、9個の採卵に成功。しかし、ここがゴールではありません。

●体外受精か?顕微授精か?患者サイドが選べないケースもある

シャーレなど

採取した卵子と精子の受精方法にも2種類あります。卵子と精子をシャーレに入れて受精をさせる体外受精と、微細な管のようなもので精子を卵子に直接注入する顕微授精です。顕微授精の方が不妊治療のニュースなどで多く目にされているかもしれません。

事前の見積もりで、顕微授精を行う場合は+5万円ときいていた恵美さん夫婦。

「顕微授精をお願いすることはできましたが、授精方法は病院にまかせました。夫の精液検査の結果が、病院側の基準を上回っていたので、顕微授精はされませんでした。幸運にもすべてうまく受精したので、結果オーライではありましたが、結果が伴わなかったときは後悔していたかもしれません」

【Check!事前に顕微授精ができる基準を確認しておこう】

顕微授精の方が受精確率は上がるとも言われていますが、患者の一方的な希望でできるかどうかは、医療機関の方針によって異なります。
お金を払えばできるところもあるし、良好精子かどうか、一定の基準を設けて実施するケースもあります。ステップアップをするときに、確認しておくといいかもしれません。

採卵当日にかかった費用は、麻酔代や媒精・培養費用、エコー代などを含めて33万円でした。

●初期胚がいいの?胚盤胞がいいの?培養方法も医療機関によって違う

採卵から3日目の通院時、医師から受精卵の写真を見ながらどの胚を凍結するかの相談がありました。

「受精3日目の初期胚のまま凍結するか、胚盤胞と呼ばれる着床準備状態まで5ないし6日間培養を続けるか、胚のグレードをみながら選ぶことができました。医師からは、胚盤胞まで育てて移植したほうが着床する可能性が高まると言われて、9個の受精卵をすべて胚盤胞まで培養してもらうことにしました」

【Check!医療機関ごとに培養方法や培養する機械が違う】

胚盤胞まで育てるとたしかに着床確率は高まりますが、培養の途中で発育が止まってしまうこともあります。
医療機関によっては、初期胚しか凍結しないところ、すべて胚盤胞まで培養するところ、恵美さんの場合のように選べるところなど、ここも基準がまちまちなので事前のチェックしておくといいでしょう。

恵美さんの病院は、受精卵が入ったシャーレを室外に取り出すことなく内蔵の顕微鏡で観察することができる培養器「Embryo Scope」を導入していました。これは培養液の温度やpHに変化が生じにくい環境での培養ができます。

結果的に、恵美さんの受精卵は培養中に2つ脱落してしまいましたが、7個の胚盤胞を凍結することができたそう。受精卵の発育は、神のみぞ知るといった運の部分もありますが、患者の目に直接触れない部分の設備がどうなっているのかも重要なポイントです。

●胚移植:ホルモン周期と自然周期、自分に合うのはどっち?

白衣の女性と男女

凍結保存した胚は、胚日齢と子宮内膜の日齢に合わせて移植する必要があります。排卵を起こさずに子宮内膜をエストロゲン製剤で厚くするホルモン補充周期の移植は、スケジュールを立てやすいというメリットがありますが、妊娠維持に必要なエストロゲンやプロゲステロンを自力で出せないので、妊娠判定後も黄体補充が必要となり、薬代がかさむデメリットがあります。

自然周期での移植は、排卵日が基準となり、移植日が決定します。そのため、排卵や子宮内膜の状態を確認するために通院回数が増え、直前まで移植スケジュールが見えないというデメリットはありますが、妊娠維持に必要なホルモンは自力で分泌されるため移植後の黄体補充は比較的短期間ですむというメリットがあります。

「私は生理周期が安定していて、排卵日の目安も事前にわかっており、子宮内膜の厚みにも問題がないことから、自然周期で移植が行われることになりました」

【Check!クリニックの休みと移植日が重なったら…】

ホルモン補充周期か自然周期かの選択については、患者側の体質に合わせてみてもらえます。しかし医療機関によっては定休日や正月などの大型連休との兼ね合いで、本当にベストなタイミングでの移植が叶わないケースもあるようです。
移植のタイミングは着床のために慎重に決める必要があるため、患者のスケジュールがどのくらい優先されるのか事前に聞いておくといいかもしれません。

凍結胚移植当日は麻酔もなく、15分ほどで完了しました。恵美さんが移植周期中にかかった検査、そして当日の費用のトータルは約20万円でした。

●体外受精の自己負担は?現在の助成金事情は?

電卓と婦人科のカード

恵美さんの場合、採卵から移植まで1回の体外受精にかかった費用は総額約85万。そのうち、国の定めに基づき東京都からでる助成金が30万円(夫婦合算の所得額が905万円以下・初回のみ)。

住んでいる自治体からは30万円(所得制限なし・年度につき1回まで。※自治体によって異なります)が助成されるので、実質的な自己負担は25万円になる予定だそう。

【Check!助成金が出るまで数か月待ち…?】

現在、不妊治療の助成金の申請が例年よりも増加しているため、手続きに大幅に時間がかかっています。とくに東京都は最大で4か月待ちになることが公式に発表されています。
また居住する自治体から出る助成金については、金額や助成回数も異なり、所得制限があるケースも多いので事前に確認しておくといいですね。

【Check!不妊治療の助成金や保険適用はどう変わる?】

特定不妊治療支援事業では、2020年まで、年齢による回数制限もあり、体外受精を行なった初回時の妻の年齢が40歳未満なら6回まで、40歳以上43歳未満なら3回まで、43歳以上は対象外となっています。所得制限は夫婦合算で年間所得730万円未満(手取額)ですが、東京都では、730万以上905万円未満の方には、独自に助成金制度を設立しています。また、適応は同じ範囲であれば、国の助成に5〜10万円程度、追加で上乗せをしている自治体も。2021年1月から助成制度は大幅に拡大され、初回30万円は変わらず、2回目以降も30万円が助成されます。年齢制限は変わりませんが、所得制限はなくなるのがポイントです。2022年度には保険適用も開始される予定です。

●治療だけの問題じゃない!30代前半と後半では妊娠確率に大きな差が出る

恵美さん夫婦は「7個の胚盤胞の移植を終えてだめだったら、不妊治療をやめよう」と終わりを決めていたそうですが、無事に一度目の移植で、妊娠の陽性判定がでました。

「35歳を超えると妊娠確率は減り、流産確率が上がります。今回は1度で妊娠できて本当にラッキーだったので、授かった命を大切に出産までこぎつけられるようにがんばりたいです。そして子育てをしながら、凍結している胚をどうするか、夫婦で話し合っていきたいと思います」

恵美さんが胚を凍結している病院では、受精卵1個あたり1万1000円の保管・更新費用が毎年かかり続けるといいます。不妊治療の助成金拡大や保険適用の範囲、そして生まれてからの子育て費用のバランスこそが、少子化対策の要となりそうです。