アメリカで40年以上にもわたって、言葉の発達や認知の発達の研究を共同で続け、数々の画期的な成果を上げているロバータ・ミシュニック・ゴリンコフさんとキャシー・ハーシュ=パセックさん。現在、世界でもっとも注目されている発達心理学者です。その2人の最新の著書『Becoming Brilliant-What Science Tells Us About Raising Successful Children』は昨年アメリカでベストセラーとなりましたが、この度その日本語版『科学が教える、子育て成功への道』(扶桑社刊)が発売されました。

「これからの子育て『成功』の概念は今までのそれとはガラリと変わり、子育ての『考え方』や『方法』も変わる」とするこちらの本。翻訳に携わった慶應義塾大学環境情報学部教授の今井むつみさんは、著者の2人と長年の友人で共同研究者です。言葉の発達の仕組みを解き明かす研究に取り組む一方で、自身でも著書やワークショップで学習科学に基づいた学びを社会に広め、浸透させる活動をしています。もうひとりの翻訳者・市川力さんは、探求移動小学校主宰でNHK Eテレ「メタモル探検団」の”おっちゃん”で、子どもの「やる気」に火をつける達人です。このふたりに「これからの子育てのありかた」について伺いました。

子育て
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巷にあふれる子育て論、本当に科学に基づくエビデンスに裏打ちされている?

この本は、いわゆる「子供を天才にする」子育て本なのですか?

(今井)まず、この本は自らの子育てに基づいた「こうやって東大生やハーバード大生を育てた」というような子育て経験談ではありません。確かに、著者のふたりは立派な、非常に成功しているお子さんたちを育て上げた方でもあります。著者の1人、キャシーさんは、3人の息子さんを育てました。3人とも、社会的には「大成功」の著名大学に入り、活躍しています。その1人は昨年の大ヒット映画『ラ・ラ・ランド』のテーマソングで、アカデミー賞のベストソング賞を受賞した「City of Stars」の作詞をし、今アメリカのショービジネス界でもっともも注目されているベンジー=パセクさんです。

しかし、この本のどこにも、そのようなすばらしい成功をおさめた子どもを育てた自慢はありません。そもそもベンジーさんの偉業のことはまったく書かれていないのです。著者たちは、発達心理学、学習科学、認知心理学という幅広い学問分野の古典的な研究から最先端の研究までを広く分析し、揺るぎない科学のエビデンスに基づいて「21世紀に成功する子ども」像を分析し、そのような子どもを育てる方法を提案しています。子育てに関してどんどん新しい本が出されていますが、あまりにも数が多く、「○○の専門家」を謳う著者によって、言うことも提案することも違っていて、普通の親の立場からしてみれば、結局なにが本当でなにを信じたらよいのかわからない…というのが実情です。

そのなかでこの本は、何千もの発達心理学や学習科学の研究を世界的権威である2人が吟味し、本当に信頼できるエビデンスに基づいて、よい子育てをするための考え方と方法を提案しています。中身が詰まっているので文字が多いのですが、一般の人向けに、読みやすく嚙み砕いて書かれていますし、科学のエビデンスに裏打ちされた子育て実践のエピソードも豊富に書かれているので、楽しく読むことができ、著者たちの世界観に引き込まれていきます。

旧態依然とした「成功」観では、これからの子育てで「成功」はできない?

―あえて簡単にこの本の独自カラーを述べるとしたら、どういうことでしょうか?

(市川)まず、著者たちの「成功」に対する考え方です。「成功」とは知名度(ランク、偏差値)の高い大学に進学し、医師や弁護士、大企業の社員などになって高収入を得ることだと、一般的には考えられています。しかし、著者たちは「そういう考えはもはや時代遅れで、親がそのような価値観を持っていては、この21世紀に成功し、幸せに生きる子どもを育てることはできない」とはっきりと述べています。

―私たちはともすると勉強ができれば「賢く」、お金があれば「成功」と思いがちですが、そうではないということですか?

(市川)「成功するためには小さいころから、ほかの子どもの一歩先を行くことが大事だ」と、教育産業が声高に喧伝し、その方策のための商品や早期教育プログラムが市場に多数出回っています。しかし、著者たちは今の社会に蔓延しているこのような考え方を「古臭く、学習科学で解明されてきたエビデンスと合わないものだ」と一蹴し、それを裏づけるあまたの科学からの証拠を挙げています。

―そのような複雑多様な社会で求められる能力とはどのような能力でしょうか?

(今井)現代の科学技術や社会の構造は複雑を極めていて、ひとりですべてのことを熟知するのは無理です。でも、大きなプロジェクトを成功させるためには、アイディアがすばらしいだけではたりません。本当にさまざまなことを考慮し、こまかいところにも目を配らなければなりません。人々の価値観も多様です。文化、宗教の違い、立場も違います。
これまで日本の中で通用していたひとつの価値観に固執していては、世界にまったく通じなくなります。社会で求められる知識、スキルもどんどん変わっていきます。どんなよい大学を卒業して、よい会社に就職しても、大学で習った知識だけは、せいぜい数年しか通用しないと考えたほうがいいです。

―それは大変ですね。ではどうしたらよいのでしょうか?

(今井)複雑でグローバルで多様な価値観を持つ人たちが共存するこれからの社会。そこで「成功」する子どもの未来像を、著者たちは、「健康で、思慮深く、思いやりがあり、他者と関わって生きる幸せな子どもであり、みんなが他者と協力し、創造的で、自分の能力を存分に発揮する責任感あふれる市民となることができる子ども」だと語っています。
AIに多くの仕事を奪われてしまうと言われるなかで必要とされる能力は、状況に合わせて柔軟に、創造的に、困難な問題に取り組み、解決できる能力です。複雑で不透明な社会が直面する困難な問題の解決は、ひとりでは成し遂げられません。チームで知恵と力を合わせる必要があります。そのときに、自分の価値観だけを押しとおし、他者の価値観や立場を考えることができなければ、プロジェクトは空中分解してしまうでしょう。自分だけが名誉や富を独り占めできればよいとする「自分ファースト」では結局プロジェクトを成功させることができず、だれも幸せにもなれないのです。

―ほかの人と仲よくできればよいのですか?

(今井)ただ仲よくするだけではありません。自分にしかできない強みを持つことが大事です。メンバーがそれぞれの強みと多様な価値を持ちより、10人いたら、10人分のたし算ではなく、相乗効果で何十倍にもすることができる…それが現代の厳しい競争社会でプロジェクトを成功させるための秘訣です。そのためには、いつも人の言うことを聞いて人に譲ればよいということではありません。コミュニケーション能力が鍵なのです。

―AIに仕事を取られないためには「創造性」が必要と聞きますがどうなのでしょう?

(市川)本書では、これからの社会で、成功し、幸せになるために必要な能力として6つのCを挙げています。それは、コラボレーション(Collaboration)、コミュニケーション(Communication)、コンテンツ(Content)、クリティカルシンキング(Critical thinking)、クリエイティブイノベーション(Creative innovation)、コンフィデンス(Confidence)です。この6つの中で土台となるのが、コラボレーションとコミュニケーションの能力です。

この2つの能力があれば、子どもはさまざまな機会に、それぞれの場で、自らコンテンツ(知識)を得ることができますし、人の意見や考えを人の立場になって考えることでクリティカルシンキングの力も育ちます。人と協力しながら、問題を解決したり、なにかを創りだしたり、目標を達成することができれば、その過程自体が喜びとなり、コンフィデンス(自信)も生まれます。そしてクリエイティヴィティ(創造性)は、5つのCの発展形として自然に生まれるのです。