作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。
以前、ユーカリのブーケを作って「ご自由にお持ち帰りください」をした久美子さん、後日ご近所さんからうれしいお返しがあったことをつづってくれました。

第55回「お返しの花束」

暮らしっく
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●ご近所さんからユーカリのブーケのお返しの訪問

出かけようとバタバタしていた昼下がり、ピンポーン。と玄関のチャイムがなった。はいはーい。マスクをつけて急いで出ると、花束を持った人が立っている。

「あの、先日ユーカリをいただいたものです。ありがとうございました。これ、ナイトジャスミンの花、よかったらどうぞ」
自分の顔が隠れるくらいに花の蕾を持って立つ女性は、母より高齢だと思われた。水を入れたプラカップに黄緑色の細い枝葉がどっさりと刺さっている。

以前、この連載でも紹介した、剪定したユーカリやアカシアでミニブーケを作って「ご自由にお取りください」をしたとき、通りかかって持って行ってくれた人なのだろう。

ユーカリのブーケ
私が作ったユーカリのブーケ

私は驚いて、そして同じように植物好きな方が近所にいることが嬉しくて、
「ありがとうございます。嬉しいです。ナイトジャスミン? 初めて聞きました。今は匂いしないですねえ。この花は夜行性なんですか?」
と、たくさん喋った。
「ごめんね、私耳が遠くてね」
女性は補聴器をつけていた。そして手渡してくれた紙には「夜行性で夜咲くナイトジャスミンです」と書かれていた。

「夜咲くんですね。楽しみにしています」
とゆっくり大きな声で返すと、
「はい。いい香りがしますから」
と言ってくれた。

「あのう、良かったらまたユーカリやアカシア、持っていきませんか?」
と、ハサミで枝を切る仕草をする。
「いいんですか? 悪いわねえ」
「すぐに切りますからね」
私は剪定バサミを持って外に出る。

「私この三角のアカシアが好きなの」
女性は三角葉アカシアを指差した。葉っぱが小さい三角形でかわいく珍しいアカシアだ。私は、「了解しました!」と言って、三角葉アカシアや、銀丸葉ユーカリ、パールアカシア、柳葉アカシアなどを切って、女性に渡し、互いに礼を言い合って別れた。

●夜に咲き誇るジャスミンの花

夜、私は目を丸くした。
「すごい! ジャスミン咲いてる!」

ナイトジャスミン

何十もついた蕾が一斉に開いていたのだ。花は朝に咲くものと思い込んでいたが、星形をした白い筒状の小花が部屋中にジャスミンのあの芳しい匂いを放っていた。なんとも至福の時間だ。

私が、ご自由にお取りくださいをしたのは、もう三ヶ月も前のこと。女性は、きっとこのナイトジャスミンが咲く季節を待ち、植物好きの私に渡したくて、ユーカリのことを忘れずに覚えていてくれたんだなあ。

「ねえ、これって朝になったらもう終わりなのかなあ」

と夫に尋ねると

「一回閉じて夜にまた咲くんじゃない?」

「まさかー。そんなことある? 一回咲いた花が閉じてまた咲くなんて」

「確かに。ないかなあ…」

次の日の朝起きて、また仰天した。花が全部閉じている!

昨日のことがまるで嘘だったみたいに、小さい筒状に戻っているではないか。匂いもしなくなった。そしてまた夜になると示し合わせたかのように咲き乱れ、香水のような香りを放つのだった。不思議な花だねえ。

そういえば、帰り際に女性が

「もしかしたら水にしばらくつけておけば根っこが生えてくるかもしれないです。でも秋だから植えても根付かないとは思うのよねえ」

と言った。

確かに、春だと根付く確率は高いけど、秋は難しいかなあ。

私は、どうにかこの花たちが根っこをはやしてくれないかなと水換えに勤しむ。根っこが生えて、運良く庭に根付いたら、夜、疲れて帰る道中の人々にこのジャスミンの匂いをかいでもらいたいな。金木犀にも負けないうっとりする香り。

植物を育てていると、他の誰かにも匂いや可愛さをおすそ分けしたい気持ちになる。ご近所さんの多くが薔薇や朝顔、紫陽花等の花々を外に向けて咲かせるのはそういうことなんだろうと思う。道行く人に少しでも安らぎの時を。この頃は特にそういう優しさが道々にあふれていて、こういう連鎖が増えていくといいなあと思うのだ。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『

ぐるり』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)ほか、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ