「ここが書道教室?」と驚くほど、オープンでおしゃれな雰囲気の「書の教室 岡西光剡」。書道関係の会社に勤めつつ、書家としても活動する岡西さんの住まい1階で週末に開かれる教室です。新築と同時に「教室を開こう」と考えた岡西さんが選んだのは、駅への通り道である幹線道路沿いにあった16坪の敷地。コンパクトな空間に自分たちの求める要素を盛り込みつつ、開放的で居心地のいい住まいを実現しました。
インナーガレージが週末は書道教室に
すべての画像を見る(全10枚)プランニングのポイントとなったのは住空間だけでなく、書道教室を開くこと。たどり着いたのは、道路に接する1階をガレージ兼書道教室、2階を寝室と水回り、3階をLDKとするコンパクトなプランです。
「小さな敷地でも、1階は道路、2階は土手、3階は空に向かって開くなど高さ方向は多様な環境なので、それを生かして設計しました」と、建築家の林敬一さん。
1階は平日はインナーガレージとして使い、週末だけコインパーキングに車を預けて机と椅子を並べ、教室に模様替え。造作した椅子は座ることも正座もできるデザインで、移動しやすい軽量な設計です。
生徒の9割は近所の人で、今では土曜の朝から晩まで30人もの生徒が訪れるそう。小学生から50代まで世代もバラバラで、「単に技法を教えるだけでなく、書に触れる喜びや、書くことの楽しさを知ってもらえる場所になれば」と岡西さん。
教室の奥には、岡西さんが作品を制作するための作業場があります。制作時に駐車場の車が圧迫感を与えないよう、敷地形状を利用して庭をデザイン。庭から一段下がった半地下空間は、離れを思わせる雰囲気で落ち着けます。
階段を上るたびに風景が変わる楽しいプラン
2階から上はプライベートな住空間。階段を上っていくと右階段ホールにバスタブが現れる意外なプランです。
2階は水まわりと寝室、3階はキッチンとリビング・ダイニングが配置され、存在感のある階段がさりげなく空間を区切っています。
FRPを塗って防水した浴室の仕切りはシャワーカーテンのみとシンプル。入浴後すぐに水分を拭き取れば、メンテナンスは意外に楽なのだそう。
2階には、壁1枚で隔てられた夫妻の寝室と長男の部屋が並んでいます。この家が建つ土地は平行四辺形で、建物も上から見ると平行四辺形ですが、壁に配置した造作家具のサイジングに工夫することで違和感のない設計に。
上の階に行くほど視界が開け、室内の随所に設けられた窓からさまざまな風景が目に飛び込んでくる変化が楽しい住まいです。
コストを抑えるため、塗装はすべて施主工事で実施しました。プラスターボードのジョイントのパテ処理は難易度が高いため合板で出目地をつくり、夫妻でも施工できるよう工夫。出目地はデザインとして生かされています。
住み始めて変わった暮らしと気持ち
隣家から頭半分高く日当たりのいい3階は、トップライトも含めて全方向に窓をデザイン。春になると高架橋の土手に咲く桜が見え、冬は暖かな日差しに包まれる気持ちのいい空間で、妻にとってはこの上なくリラックスできるスペースです。
「ここに住み始めて、書と向き合う時間が変わりました」と岡西さん。以前の住まいでは眠る前に書いていたそうです、今は朝早く起きて出勤前に書くようになったそう。黙々と作品と向き合う静謐な時間に身を置き、集中から解かれてふと外をみると駅に向かう人の流れが見えて、外と違う時間を過ごしていたことに気づくと話してくれました。
この住まいで父親が教える姿や、作業場で書と向き合う姿を間近で見てきた小学生の長男は、学校で将来の夢を聞かれ「習字の先生になりたい」と答えたとか。仕事と暮らしが地続きの住まいだからこそ生まれた気持ちなのでしょう。
設計/林敬一建築設計事務所
撮影/キッチン ミノル
※情報は「住まいの設計2018年5-6月号」取材時のものです