作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセイ。今回、高橋さんがつづってくれたのは、この時期ならでは、新米のお話です。おいしく炊ける方法も教えてもらいました!

第4回「新米の季節だ!!」

暮らしっく
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●何千回嗅いでも、飽きないご飯の炊ける匂い

秋の朝が好きだ。まだまっさらな地球の上に降り立って、階段をトントンと下りる。昨日の夜がそのまま残っていて、テーブルの上のマグカップやはちみつを所定の位置にもどす。パジャマのまま、やかんを火にかける。青い炎から原始的な力を感じる。
電気製品が中心の現代の生活のなかで、人間が太古から使い続けてきた「火」というものへの本能的な憧れは子どもの頃からずっとある。だからか、家に炊飯器はなくて、炎を強くしたり弱くしたりと目に見える「火」を操りながら昔と同じように米を炊いていく。

夫と二人の日常は3合を真っ黒のSTAUBの鍋で。そして友人などが遊びに来て大人数のときは大きな土鍋でどっさりと。お焦げができてキャンプで食べるご飯のよう。炊飯器で炊くよりも短時間でおいしくできる。火と水の奏でる音を聞いて自分の勘で火加減を調整していくのもなんだかいい。火を最初に使った人間は本当にすごいと思う。まわりのみんなから神さまみたいに思われたんだろうなあ。

ごはん

強火で始め、ガラガラと沸騰する激しい音がしたら火を弱めてフタをする。しばしコトコトという気持ちいい音が続いていたかと思うと、やがて鍋の底の水分がなくなりチリチリという音に変化する。まるで生き物みたいだ。何千回嗅いでも、飽きないご飯の炊ける匂い。こうなると後は火を止めて予熱で蒸らすこと10分。愛しき朝の幕あけである。

新米の9~11月は、水は少なめに吸水もあまりさせない、春を越えて米が古くなったらしっかり吸水させて、ちょっと多めの水で炊く。米は夏場は必ず冷蔵庫に保管するのがポイントだ。9月の新米時期から4月までは常温で平気だけど、夏場は湿気と熱で必ずマズくなる。

いくら吸水させてもよく洗っても、夏を常温で超えてしまった米はマズい。学生の頃はやっちまったーと思ったことが何度かあった。米虫って呼んでた、あやつらが孵化して飛び出したらご臨終である。でも夏場の冷蔵庫はただでさえ陣取り合戦だから入れられない家庭も多いはず。夏は米を大量買いしないことが鉄則かも。

●明日地球がなくなるとしたら間違いなく実家の炊きたてご飯を食べる

明日地球がなくなるとしたら間違いなく実家の炊きたてご飯を食べる

私は米LOVEの家で育った。というより、農家なので自分たちでつくったお米をだれよりも食べるのだ。パンなんて食べていると、おじいちゃんがもの言いたげな顔で見てくる。7人家族のご飯の食べる量は半端なく、一日一升炊いてもたりないほどだった。

田んぼから帰ってきて外で作業着を脱ぐ祖父と父の茶碗に、山盛りのご飯を盛って待っている。

「おかわり」「おかわり」「おかわり!」

次々に空になっていく茶碗。新米のうまいこと!! 「銀しゃり」とはよく言ったもので、正につやつやに輝いて粒立っている。ご飯だけで何杯だって食べられる。東京に来てから、ますます米が好きになったかもしれない。産地や品種によってもそれぞれ個性が違い、男っぽいとか女性っぽいと表現されるのもおもしろい。おかずに合うように上品な味わいにつくられている米もあれば、米だけで食べて満足できるようなパワフルな品種もあって、食べ比べも楽しい。

実家の米はフルパワー、米だけで何杯もいけるやつである。やっぱり自分の家の米が慣れていていちばんおいしいよねと母と電話で話す。明日地球がなくなるとしたら間違いなく選ぶだろう、炊きたてのご飯とみそ汁。私のソウルフードということだ。最近は台風に強いようにつくられた「にこまる」という品種と、繊細な味の「ひのひかり」の二種類をつくっている。

「にこまる」という品種と、繊細な味の「ひのひかり」の二種類をつくっている

●7分づきのお米は栄養価も高く、とてもうま味がある!

わが家の米を買ってくれる人に「白米にしますか? それとも玄米? 高橋家のおすすめは7分づきですよ」と連絡する。「白米で」と言われることがほとんどだ。
農家の私たちが思うに、それはとてもとてももったいない。白米は10%か、機械によってはそれ以上が削られるわけだ。そして捨てている糠や胚芽にこそビタミンEやB1、マグネシウム、植物繊維などなど、高い栄養価があるからだ。

戦時中で質素に育った祖父母がなぜあんなに健康で長寿だったか。それは、玄米や麦飯を食べて育ったからだろう。一日30品目なんてとても食べられずたくあんとみそ汁と玄米だけで育った祖父母だが、完全食品と言われる玄米を日々食べていたからこそ30品目食べたのとほぼ同じ栄養がとれていたのだ。
それに7分づきくらいの方が米の雑味(うま味)が残っていて私は好き。おせっかいかもしれないが玄米は無理でも、胚芽は残る5分か7分づきをオススメする高橋家であった。そしてチャレンジしてくれた多くの方が、「おいしかった! うま味がすごく感じられた! 次もこれで」と言ってくれる。もちろん、真っ白のご飯を食べたい気持ちもわかる。消化にもいいので風引きのときのお粥は白米にするしね。

毎日玄米は正直飽きるし、消化器官が弱っているときは白米がいいので私は小さな精米機をもっていて、玄米で保管していた米を、体調に合わせて炊く直前に精米する。

体調に合わせて炊く直前に精米する

そして出た米ぬかは、手ぬぐいを縫い合わせてつくった布袋に入れて入浴剤にする。手で布をもめばお湯が真っ白になって温泉気分。油分を含んだ米ぬか風呂は、冬は肌がしっとりして最高のぜいたくだ。お湯に入れたあとのぬかは、畑に肥料として混ぜる。捨てることなく、循環していく。そうして生活は楽しくなって豊かになって、いろんなサイクルのなかで自分の命があることに気づいたりする。

さあて、そろそろ新米の季節。あのつやつやを待ちかまえて私の米びつは残り少しで底をつく。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集「いっぴき」(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。公式HP:んふふのふ

高橋さんのエッセイ集

『捨てられない物』は、高橋さんのHPにて発売。