作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセイ。お盆や夏休みなどで家族に会うタイミングが多い今、その距離感について思うことをつづってもらいました。
第104回「家族の距離感」
すべての画像を見る(全3枚)このあいだ、友人と深夜まで話していて、家族の距離感って難しいよねという話になった。
「母親も高齢だし、ちょっと変だなと思っても正論をぶつけたらガックリしてしまうんじゃないかと思って言わなくなったんだよね」
と言う。わかるー。諦めというより、気遣いとして本音の半分しか言わなくなってくるよね。まあいいかと我慢するようになる。自分だって悪いところはたくさんあるし、良いところを見なきゃ一つ屋根の下でなんて暮らせないもんね。
しかし、そんなふうに腫れ物を触るように接していたところ、彼女のお母さんは目に見えて衰えていったという。
「それで、言い方をよく気遣って、こうした方がいいよとか、こうしてほしいんだって言ってみたんだよね」
「ふむふむ」
「そしたら、改善されていったんだよ」
「すごい。まだまだお母さんも元気になる力があるってことやね」
言わない方が優しさのように思っていたけど、言ったことが良い刺激になって生活が改善されていったのだとか。もちろん言い方があるし、1つずつにしたそうなんだけれどね。
共同生活を続けていくなかで、当然気になることは出てくる。昔なら互いに言ってすぐに反応しあえていたことが、もの忘れも増えていくし、怒りっぽくもなったし、徐々にできないことも増えていく。自分だってあと何十年かしたらそうなるんだろうと思うと切なくも感じる。でも、一日でも長く一緒に暮らすために、諦めずに言ってみることも大事なんだなと思った。コミュニケーションこそ信頼の証だし、日々の良い刺激になるのだろう。