作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセイ。入学式シーズンの今、甥っ子たちの成長を見て、思ったことについてつづってくれました。

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第94回「入学式と春の訪れ」

暮らしっく
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愛媛で過ごす春、今年は桜の開花が早かったようだけれど、まだまだ朝晩は肌寒く、こたつの中に入って原稿を書いている。

●甥っ子たちの制服の高さに驚愕。思い出したこと

二人の甥っ子が小学校と幼稚園を卒業し、姉は3月が忙しそうだった。幼かったあの子がもう中学生になるなんて、信じがたい。人の子の成長は早いと言うけれど、本当によく6年間頑張ったなと私でさえもしみじみと感慨深かった。

「卒業式泣いた?」

「泣かんよ」

「そうか、中学校もみんな一緒やもんね」

そんなことを話して、心ばかりのお祝いを渡したりした。小学校へ上がる甥っ子の方は、ひらがなの練習をしている。ああ、6年前のデジャブのようじゃ。次はこの子が小学生になるのか。彼らの卒業が、何より春を感じる出来事だった。

桜と子ども

春休みを満喫する子どもたちだが、

「制服に、自転車に、体操服に…買わないといかんものが山のようなんよー」

姉がため息をついている。値段を聞いて驚く。

「え! 制服ってそんなに高いん!」

ブランドの服が買えそうな値段じゃないか。中学3年間、毎日着るから丈夫に良い生地で作られているんだろうなあ。しかし、義務教育にこんなにお金がかかるという社会のシステムに今更ながら驚いてしまった。教科書や授業代が無償というだけで、制服をはじめ、鞄、靴、シューズ、体操着、柔道着など、一度にかなりの出費である。全部揃えたら総額で数十万円はかかるだろう。義務教育と言うならば、せめて制服と学生鞄くらいは支給すべきなんじゃないのかなあ。

「私服だったら駄目なのかねえ。せめて家にあるもので代用できればいいのにねえ」

などと考えていたら、思い出した。30年前のこと。中学生の私は、同じことを先生に尋ねたのだった。

「それだと、朝何を着ていこうか迷って遅刻したり、流行りの服を買うことにやっきになって学業に身が入らなかったりするから駄目なんです」という答えだった。

「私達はそんなふうにはなりません」と言ったら、

「そうなる可能性があるから許可できないんです」

という納得し難い回答だった。当時、制服を廃止にしようという運動が生徒の中で高まっていて、生徒会の中でも何度か議題にのぼり、体育館で先生とディベートのようなことをしたのも思い出す。結局、認められることはなかったけれど。

制服
※写真はイメージです

30年経ってもまだ、制服があり、頭髪検査もあって男子は耳が隠れたら駄目とか、前髪が眉毛にかかったらいけないとかチェックされるのか。刈り上げになった甥を見て、自由とはなんだろうかと考えてしまった。ある程度の校則は必要だけれど、ここまで押さえつけなければ本当に子どもたちは勉強しなくなるのだろうか。非行に走るのだろうか。むしろ自分の頭で考えられる子になるのではないかな。

あれこれ考えてしまう私をよそに、当の本人は「まあ、中学生になるから仕方ないことなんじゃないの?」と、すんなり受け入れ、気にしていないようだったけれど。

ようやく地元でも桜が満開になってきた。4月から新学期、二人が新しい学校生活を楽しめますように。何より、春休みは思いっきり羽を伸ばしてほしいな。

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