作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、高橋さんが大切に着ている洋服とその思いについてつづってくれました。

第12回「お気に入りの服」

暮らしっく
すべての画像を見る(全3枚)

最近あまり物を買わなくなった。ひとつのものとじっくり向き合うようになった。心変わりしなくなったということかな。好奇心がなくなったということ? とちょっと不安になったけれど、多分そういうことでもない。

見たことないものは見てみたいし触ってみたい。ただ家に連れて帰れる門が狭くなったんだな。ずっともっていられるかな、ずっと心変わりしないかなと吟味してから買うようになった。なくてもガマンできるものは買わない。「たるを知る」ようになった。

●直しながら7年愛用しているNAOTの紐靴

靴
NAOTの靴

私はいったん買えばずっと使う。例えばNAOTの紐の革靴はかれこれ7年は履いている。コッペパンみたいにぽってりとしたフォルム、走ったり飛んだり野へいったりお出かけしたり。気取らないけれど、フォーマルな場所へも履いていけるくらいに質感がよいので、旅をするときもこれ一足あれば心強い。

靴下を2枚履きする冬は紐をゆるめ、夏はきつく、紐靴は理にかなったはき物だ。自分の歩いた分だけ革は足になじんで、私が満ちる分靴底は減っていく。一度メンテナンスに出してソール交換してもらったらまたたくましくなって、まだまだいけそうだ。

NAOTはオーナーの宮川夫妻がイスラエルを旅しているときにその靴をつくる職人さんたちに出会い惚れ込んで日本で取り扱い店を開くことになったという、エピソードもいいのだ。2人は数年にわたってバックパックで世界中旅していたツワモノだったのだが、この靴と出合い帰国することになる。情熱の塊のような人たちが愛情を込めて販売しているイスラエルの靴。革がやわらかいので、靴ずれしやすい私の足にも優しい。

●つくってくれた人の思いが私の元気につながる

店の前で手を広げる女性
Sa‐Rah大洲店の前で

それから、同郷の愛媛のブランドSa‐Rahのワンピースもお気に入りでいろいろもっているが、いちばん古いものは6年は着ているのではないだろうか。服も一緒に年を取ってくれるのがいい。コットンやリネンがいい感じに褪せて柔らかくなって、おばあちゃんになっても似合う自信がある。

Sa‐Rahのデザイナー・帽子さんはいつ会っても元気で自然な人、こちらも楽しくなる人なんだよなあ。どこから来て誰の手でつくられて自分の元にたどり着いたのかという興味が年々強くなる。食べ物と同じように着るときにふと思い浮かぶ景色や顔があるのは幸せなことだな。

妹は編み物が得意で、ほとんど自分で編んだセーターを着ている。姪や私にも靴下や帽子を編んでくれるのだが、手編みの帽子をかぶって出かけるとき、いつも温かい気持ちになる。そういうことなんだ。つくってくれた人の思いも身につけられたらそれは私の元気や優しさにつながっていくんじゃないかと思う。

●自分で選んだものだからこそ再び愛着が湧くことも

お気に入りの服に囲まれた生活。YAECAのパンツやシャツも7年選手がいたり、COMME des GARCONSのブラウスやコート、モリカゲシャツも無印の丸襟のガーゼシャツだって気づけば10年近く着ている。確かに生地が良いからもつということもあるが、それでも6、7年も着て、洗って干してまた着てを繰り返していたら多少くたくたしてくる。それも味だと思えるくらいに好きという気持ちが大きいのは、人生を共に生きていると思えるから。
一言で言うならば愛着だ。捨てられないのだ。買ったそのときの気持ちを今でも思い出せる。

清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買ったコートやドレスも、セールで買ったものだってあったりするが、共通しているのは惚れ惚れするほどに好きという気持ちだ。よくよく考えて迷って、そうして家に連れ帰ったのだ。安かったからすぐ捨てるというのは違うと思う。

タイで買った民族衣装っぽいパンツはラインがかっこよくて買った。1500円くらいだったと思うが、いまだにいろんな場面で活躍している。古着屋で買って、着ない服としていったんは実家に送っていたセーターも、3年ほど前に実家で発見して、なにこれめっちゃかわいいやん! と10年越しの復活を遂げた。

服も私も若返ることはない、だが共に年を取り互いに新しい味が加わっていく。それは新品のときにはなかった余裕のようなものかもしれない。

藍染とシャリンバイで染めたシャツ
藍染とシャリンバイで染めたシャツ

汚れが取れなくなってしまった白いシャツやストールは、藍染めや草木染めに染め直すとまた生まれ変わることができる。これは、奄美大島を旅したときに染め物体験として染めさせてもらった。市販でも自然の染料が売られているので自宅でチャレンジしてみるのもいいだろう。

人間だから必ず気分は変わる。だけど自分が選んだものだから、まったく合わないということもない。だから捨てずに一周するのを待ってみてほしい。

そうして最後の最後、キッチンで布巾として使い、その後雑巾として床をふき、私の服たちは命をまっとうする。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集

「いっぴき」

(ちくま文庫)、絵本

「赤い金魚と赤いとうがらし」

(ミルブックス)など。翻訳絵本

「おかあさんはね」

(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。新刊の詩画集

「今夜 凶暴だから わたし」

(ちいさいミシマ社)が発売予定。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。サイン入り詩画集の予約やトークイベントなどの情報は公式HP:

んふふのふ