暴力、借金、家から追い出し…読者が語る、毒親にしいたげられた25年
2017.11.28
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近年、子どもを過剰にしばり、性格や行動に悪影響を与えてしまう親が「毒親」として注目されています。現在放送中の、井上真央さん主演中のドラマ『明日の約束』でも毒親の姿が描かれ、大きな反響を呼んでいますが、実際に毒親のもとに生まれ育った人たちは、どのような人生を送ってきたのでしょうか。

ここでは実際に毒親被害にあったESSE読者の満嶋久美子さん(仮名)に話を伺いました。現在48歳の満嶋さんは、幼い頃から母親にキツく当たられたり、酷使されたりした挙句、最終的には借金の返済のために高校を中退するまでに至りました。母親がどのように満嶋さんを支配していたのか、周囲の人はなぜ助けてくれなかったのか、最後はどのようにして母親と離れることができたのか…を語ってもらいました。

読者が語る、毒親にしいたげられた25年
(写真はイメージです)

私からすべてをむしり取ろうとする母…私名義の借金は1000万円にも

私が5歳の時、妹が生まれました。でも、妹の父親は新しくわが家にやってきた2人目の父。私は1人目の父の子でした。2人目の父は、実の子ではない私のことをよく思っていませんでしたし、それに気づいた母も、私に対していじわるになりました。

「いつまで食べてるの! はやく片づけなさい!」。毎日、食器を片づけるのが遅いなどのささいな理由で、2時間も叱られました。どなられたり、ほうきでたたかれることもありました。ほどなくして、母と2人目の父の関係は悪化し、あっさり離婚。ほっとしたのをよく覚えています。

しかし、母が私にいじわるなのは2人目の父の影響ではありませんでした。母は根っからの“毒親”だったのです。

「新聞配達をすればいいのよ」。小学5年生になった頃、体型のことで悩んでいた私は母に、ダイエットをしたいとこぼしたことがありました。そのときに母に言われたのがこの言葉。最初は言っている意味がわかりませんでしたが、話はあっという間に進み、小学5年生の1月から学校に行く前に新聞配達をすることになったのです。

●新聞配達の給料はすべて母が横取り

もちろん、小学生が働くなんて認められませんから、会社には母が配達しているということにし、実際は私が配達をしました。毎朝暗いうちに起こされ、体力の限界まで必死に配達をしました。授業中は起きていられずぐったり。学校も楽しくありませんでした。

「どうして誰も助けてくれないんだろう」。クラスメイトも先生も、私が新聞配達をしていることに気づいていました。近所の大人に相談をしたこともあります。それでも、誰も助けてはくれませんでした。母が“毒親”であることは近所でも有名でしたから、みんな母を恐れていたのです。結局、私は中学の3年まで新聞配達を続けました。

中学2年になった頃、母が再婚しました。3人目の父は気性が荒く、母と取っ組み合いのケンカをすることがよくあり、警察が家にくることもありました。一方で、とてもさみしがりな面もあり、パチンコに行くときも、飲み屋にいくときも母を連れて行こうとし、よくもめていました。結局2人はパチンコにのめり込み、ふくらんだ借金は合計で3000万円!

しかもそのうちの1000万円ほどは私の名義を使っていました。この借金の返済のために、私の人生は大きく揺らぎました。

高校に入学すると、母の圧力で高校の隣にあった紡績工場で働くことになりました。
「もう高校生だし、一人立ちできるわよね?」。そう言って母は私を家から追い出し、私の一人暮らしはスタート。高校と両立できるはずもなく、工場は10か月でやめることに。その後はチェーンのハンバーガー店などアルバイトを転々とし、母が背負った借金を返すために必死で働きました。

25歳になったころ、母との接触はほとんど途絶えました。妹が成人し、私が家に行って世話を焼いたりする必要がなくなったのです。

●今までのことを猛省し、私に会いたがる母。それでも私は…

ずっと母が憎くて、つらいときも、母にいつか復讐したいという気持ちを励みに生きてきましたが、復讐らしいことは今でもしていません。私の記憶の中の母はすべて“毒親”のひどい母。そんな母親でも、親は親ですから、復讐とかってことはやっぱりできないものですね。自分も母親の立場になった今、母に同情する気持ちもあるんです。

母は今まで私にしてきたことを反省しているらしく、私に会いたいと言ってくることがあります。それでも、めったに会いません。母がつくった借金は完済できましたし、もう母と会う理由もありませんから。

最後に満嶋さんは、「私の場合は手を差し伸べてくれる人は残念ながらいませんでしたが、今は自治体が設置する相談窓口や制度も増えましたし、一人で悩みを抱え込まなくてもいい時代だと思います。もし同じような境遇で悩む人がいれば、積極的にそういったものを活用してほしいですね」と語ってくれました。

<取材・文/ESSE編集部>