“毒親”母のストレスのはけ口として育った私。自分に自信がもてる日はきっと来ない
2016.11.11
  • この記事を
    シェア

 最近よく聞かれるようになった“毒親”。その正体は、わが子に対して、嫉妬したり、思いどおりに支配しようとしたりとする親たちのこと。こうした親との関係に悩む人が、今、増えているようです。実際にも編集部に、こじれた母親との関係に悲鳴を上げる女性たちの声が届いています。子どものころに受けた過剰なストレスが、大人になっても消えない…。親と離れた今でも続く、苦しい胸の内を語っていただきました。

母のストレスのはけ口として育った私。
写真はイメージです

母のストレスのはけ口にされた幼い頃の私。それでも母の言葉を一生懸命聞き、助けたいとさえ思っていた…

毒親に苦しむ女性

●高田加世子さん(仮名・35歳) 
DATA
●家族構成…夫35歳、長男4歳
●実母の年齢…65歳
●両親は仲が悪く、幼い頃から母のグチの聞き役に。早く独立したくて中学時代からアルバイトでお金を貯め、高3で家を出る。以来実家とは距離をおき、家に帰るのは年1回程度。人間関係がうまく築けず、親には恨みしかない

「まったく、お父さんときたら…」と聞かされ続けたおきまりのグチ。甘やかされて育った母は父との折り合いが悪く、ケンカの絶えない夫婦でした。「うちにはお金がないの、ほらっ!」と、小銭しかないがま口を子どもの私に突き出してきたことも。甲斐性なしの父への不満を、母は私に向けたのです。そうやって私は、ずっとその母のグチの聞き役になり続けたのです…。

 母はヒステリックで不機嫌で、いつも感情を爆発させるなにかを探していました。家族のなかでいちばん弱くて小さい私は、その格好のターゲット。グチを聞かされるだけでなく、1つ違いの姉と絶えず比べられ、「お姉ちゃんはかわいいのにねぇ」とため息をつかれたり、小さな失敗を何度も何度も大笑いしながら指摘されたり…。

自身がもてない
写真はイメージです
 その一方で、基本的に私に対しては無関心。あいさつや生活習慣などのしつけもろくにされませんでした。そのせいでしょうか。近所の人に「行ってらっしゃい」と声をかけられても、なんと返事をしたらいいかわからず、下を向いてモジモジ…。無愛想で変な子どもだったと思います。遊びに来た友達が、私の家の汚さにビックリして帰ってしまったこともありました。

 今思うと不思議ですが、それでも幼い私は母を慕っていました。本来子どもって、親が大好きだし、好かれたいんですよね。だから、母の言葉を一生懸命聞き、助けたいとさえ思っていた。お母さんが困っている。どうしよう。うちはどうなっちゃうんだろう。私ってどうしてダメなんだろう、なぜお母さんを喜ばせてあげられないんだろう。年じゅう胸を痛め、ただただ不安で、いつもなにかにおびえていました。

次ページ自身がない幼少時代をすごすと思春期の時に…
1 2