吉川トリコ『女のタイマー点滅中』第1回「女の時間」
  • この記事を
    シェア

2018.12.14
所要時間: 1

デビュー以来、“少女・女性”を描き続けてきた小説家・吉川トリコさん。
新刊『マリー・アントワネットの日記 Rose&Blue』(新潮社刊)で、重圧のなかでも明るく強く生きる新しいマリー・アントワネット像を描き、話題を集める吉川さんが、今を生きる女性、そして自分自身の「女性としての体と心」についてつづります。

女は結婚し子どもを産むものだと思っていた

女の時間
『女の時間』ジュリア クリステヴァ/著 勁草書房
26歳で子どもを産もうと思っていた。
26歳。
母が私を産んだ年齢である。初産だった。

いまの感覚からするとずいぶん早いように感じられるかもしれないが、1977年生まれの私からしてもちょっと早いかな、というぐらい。母の世代にしたら早くもなければ遅くもない、ちょうどいい頃合いだったんじゃないだろうか。

1977年生まれの安室奈美恵が二十歳で結婚したときは、日本中がひっくり返るほどの大騒ぎになった。「できちゃった結婚」なる言葉が流布し、安室ちゃんに続けとばかりにでき婚した地元の同級生が何人かいた。

当時、私の周辺ではわりとみんな迂闊(うかつ)にセックスしていたので、「授かる」というよりやはり「できちゃった」というほうがしっくりくる。古(いにしえ)より伝承されてきた避妊法「外出し」が有効であると、我が地元においてはいまだ信じられていた時代の話である。
 
我が地元は絵に描いたようなTHE 郊外で、ヤンキー文化に染まりきった準ヤンキーがクラスの大半を占めているような中学に私は通っていた。はじめてつきあった男の子も類にもれず準ヤンキーだった。短ラン&ボンタンを着用し、解散して何年も経つBOOWYをしつこく聴き続け、免許もないのにバイクの話ばかりしているような彼のいったいどこが好きだったのか、いまとなってはさっぱり思い出せないのだが、おそらくは性欲と好奇心がないまぜになった感情を恋だと思い込んでいたのだろう。

古いジェンダー規範、保守的な結婚観、「イエ」という概念がいまだいきいきとした存在感を放つ我が地元では、同級生の多くが二十代で結婚し、出産している。しかも、そのほとんどが二人ないし三人の子どもを産んでいる。少子化なんて嘘なんじゃないかと疑ってしまうほどの出産率の高さである。
 
多感な十代をそのような環境で過ごし、そのような価値観にどっぷり浸かっていたからか、なにひとつ疑問に思うことなく、すんなりすくすくとごくごく自然に、女はいつか結婚し子どもを産むものだとある時期まで私は思っていた。みんなそうしてるから自分もそうするのだと。母の初産の年齢を基準にしてしまうほど、まぶしいぐらいの健やかさで。

子どもが欲しいと心から望んだことは一度もなかった。かといって、欲しくないとはっきり思ったこともない。そのことについて深く考えたことすらなかったし、その必要もなかった。

もしかしたら、若くして子どもを産んだ同級生だってはっきりとした決意と覚悟をもって子どもを産んだわけじゃないのかもしれない。迂闊にセックスして迂闊にできちゃっていた(ように見えた)彼女たち、それから夫であるかつての準ヤンキー少年たちも、若さと勢いと、「子どもできたらそりゃ産むっしょ、産んで育てるっしょ」という清々しいまでのシンプルな行動原理で子どもを産み育てているんじゃないだろうか。そりゃ中には確たる決意と覚悟でもって子どもを産み育てている人もいるだろうが、みんながみんなそうでなければならないのだとしたら、少子化なんていまの比でないぐらい大変なことになっている気がする。

現在、私は41歳だが、子どもを産んではいない。流産は一度した。不妊治療を一年ほど続け、先月三度目の体外受精を行った。結果はどうあれ、これで最後と決めていたので、子どもを産まない人生が確定したばかりである。いまはただ、だだっ広い野原に突然放り出されたような心細さと奇妙な解放感のただなかにいる。

この連載をはじめるにあたってぱっと思いついたタイトルが「女の時間」だった。クリスマスケーキ理論が年越しそば理論に変化を遂げたりだとか、〇歳までに子どもを産んでおかないとまずいだとか、〇歳をすぎてミニスカートを穿(は)くなんてありえないだとか、ことほどさように女には年齢にまつわるあれやこれやの言説がつきまとう。それは、ある場面では指針になり得るかもしれないが、同時に女を縛りつける呪いにもなる。

「女の時間」ではあまりにも地味だという編集判断が下ったため、いささか煽り気味のタイトルになってしまったけれど、女性に脅しをかけたり説教したりするつもりはなく、女を縛りつける数々の呪いを、私自身がいかにすり抜けてきたか、またはすり抜けられなかったかなどについて、折々書いてみたいと思っている。

【吉川トリコ】
小説家。1977年、静岡県生まれ。名古屋市在住。2004年、短編「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」の大賞と読者賞を受賞してデビュー。著書に『ずっと名古屋』(ポプラ社刊)、『ミドリのミ』(講談社刊)、『マリー・アントワネットの日記 Rose&Blue』(新潮社刊)など

ずっと名古屋


ナゴヤドームで再会する父と娘、SKE48に憧れてストリートで踊る少女…。“素顔の名古屋”が見えてくる珠玉のショートストーリー集


ミドリのミ


”ふつう”に囚われていきる私たち。 ”ふつう”が何か、”ふつう”でなくてはならないのか。人間関係の渦に巻き込まれ、くたびれてしまったあなたへ


マリー・アントワネットの日記 Rose


このプリンセス、他人とは思えない!時代も国籍も身分も違う彼女に共感が止まらない、衝撃的な日記小説

特集