500円の幸せ。祖父の茶目っ気は歳の数だけのコイン
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2019.01.02

お正月。家を出た子や孫が遊びに来ることを心待ちにしている祖父母にとって、お年玉を用意することも楽しみのひとつ。

ここではESSE読者が体験した、お年玉と500円にまつわるエピソードをお送りします。

家計に打撃を与えずに子どもも大喜び。今は孫たちに継がれた「お年玉大作戦」

500円の幸せ(鹿児島県・69歳)

孫が生まれて楽しい仕事が増えた。お年玉のために五百円玉を貯めることだ。えーと、13歳、10歳、7歳、3歳が2人、それと1歳。合計37枚集めなきゃ。買い物に行っては、おつりが500円になるように計算する。

ことの始まりは40年も前、3人のわが子たちへのお年玉をどうしようかと夫と話したときにさかのぼる。夫はたくさんあげたい派。一方、家計を預かる私はなるべく引き締めておきたい。そこで、少額でも子どもたちを納得させる方法を考えた。

お正月、私は、子どもたちそれぞれの年の数の百円玉を入れたポチ袋をお盆にのせ、うやうやしく夫に差し出した。夫が威厳たっぷりに年始のあいさつをし、こうつけ加えた。「みんなにお年玉をあげよう。お年玉って、『歳の玉』なんだよ。この中に、年の数だけ百円玉が入っている。毎年1個ずつ増えていくからね」

子どもたちの目が輝いたのを私は見逃さなかった。作戦大成功。指で自分の年齢を確かめながら、うれしそうに袋をのぞき込んでいる。家計への打撃も少なくてすみ、この行事は彼らが成人してからもしばらく続いた。その後、それぞれ結婚し、孫たちが生まれ、さて作戦復活である。

●ポチ袋の中は、歳の数の五百円玉。40年も続くわが家の伝統です

今さら見栄をはるつもりはないのだが、貨幣価値を考え、今度は百円玉でなく五百円玉を入れることにした。親になった子どもたちは、百円玉でいいのに…と年金生活の私たちを気づかってくれるが、五百円玉をもらうために、おつりを計算するのは老化し始めた脳にとってもいいトレーニングになり、年末の楽しみのひとつになっている。ここはやはり、五百円玉でなくてはいけないのだ。

というわけで、孫たちのポチ袋には年の数だけの五百円玉が入ることとなった。ポチ袋をのぞき込み、目を輝かせるのを見る瞬間が楽しみだ。

ひとつ違うのは、もったいぶってお年玉を渡す夫の姿がもう見られないこと。夫が他界し、この1月は、喪が明けて初めてのお正月だ。人を笑わせたり、楽しませるのが好きな夫が、毎年、おもしろがってつき合ってくれていたお年玉大作戦。新年を迎える楽しみに続けていきたい。

(文/ESSE編集部)